【解説】「尊者」は信徒の模範、カトリック教会が認定する敬称とは?

教皇フランシスコは8月30日、プラチド・コルテーゼ神父(司祭・コンベンツアル聖フランシスコ修道会、1907~1944年)、マリア・クリスティーナ・チェッラ・モチェリン(信徒・家庭における母親、1969~95年)、エンリカ・ベルトラメ・クアットロッキ(信徒、1914~2012)の3人の「神の僕(しもべ)」の英雄的徳を認める教令を承認しました。これにより、3人は新たに「尊者(そんしゃ)」ラテン語venerabilis、英語venerableの敬称を付けて呼ばれることになります。

Servant of God Satoko Kitahara

尊者とは、カトリック教会で、その人物の生涯が英雄的、福音的な生き方であったことを公認した時につけられる敬称。6年前、戦後隅田川沿いの「蟻の町」で子どもたちの世話をしたカトリック信徒の北原怜子(さとこ)さん(1929~58年)も尊者と認められました。カトリック教会における列聖の段階は、「尊者→福者(ふくしゃ)→聖人(せいじん)」となっています。キリシタン大名として知られる高山右近は福者に認定されています。

プロテスタントでは、耳慣れないこれらの敬称について、上智大学神学部非常勤講師の石原良明(いしはら・よしあき)さんにお聞きしました。

───尊者はどういう人がなれるのですか。

尊者、という概念は一般的にはなじみがないかもしれません。自分でなれるものではないですね。聖人や福者も同様ですが、信仰の実践や生き方によって、周りの人々の記憶と印象に強く残った人々です。その生き方を見ていた、残された人々の中から自然と崇敬が始まっているものなのではないでしょうか。その極端な例が、殉教でしょう。しかしそれに限らず、キリストの愛の実践者とみなされる人々の中で、教皇がそうと認めた人々が尊者になります。

────殉教したからといってなれるわけではないのですね。

聖人崇敬は殉教の歴史と分けることはできません。古代では殉教の死を遂げると自然と崇敬の対象となり、信仰の模範となりました。

他方、これも古代からですが、信仰の証しに卓越した司教や修道者が「言葉による証人」として「血による証人」と同様に崇敬され始めると、それにふさわしい人物だったのか調査が行われるようになりました。

────尊者はその後、必ず福者になるのでしょうか。

殉教していないけれども、その死後に尊敬され続ける信者は、まず福者に列せられます(列福=れっぷく)。福者の候補が尊者と言ってよいでしょう(尊者の候補者が「神のしもべ」と呼ばれます)。教会のために、その英雄的徳がふさわしいと認められれば列福され、生前ゆかりの地域で公的に崇敬されることが許可されます。

高山右近像(金沢カトリック教会)

────どうすれば列福されるのでしょうか。

鍵になるのは、殉教者でない場合は奇跡の有無です。列福のために一つ、列聖にはさらにもう一つの奇跡が必要です。列聖が教皇によって決定されると、その人物は全教会的に崇敬されることとなります。

こうした列聖手続きは、中世以来教皇の権限であるとされてきました。特に17世紀から18世紀にかけて整理され、現行手続きは教皇ヨハネ・パウロ2世によって定められたものです。

なお、殉教者であれば列福・列聖がスムーズに進むことも多くありますが、その死が本当に信仰や証し、教えを守るための死だったのかどうかを議論・吟味することがあります。

教皇、プラチド・コルテーゼ神父など3人を「尊者」に

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