思い出の杉谷牧師(10)下田ひとみ

 

10 クリスマス劇の名演

こんなクリスマス会もあった。
それは教会学校にきている子供たちのクリスマス会で、この日1番のメインである、子供たちと教師による「劇」が始まろうとしていた。
杉谷先生は大金持ちのユダヤの商人の役だ。
ところが「小さな子供」の役をする子供が熱を出して休んだということで、急きよ先生が2役を引き受けることになった。
劇が始まった。
先生がベレー帽に短いベストを着た姿で登場する。
先生のセリフ。
「おじちゃん、林檎(りんご)をおくれよ」
おじさん役の小学2年生の男の子が、先生を見上げて答える。
「坊や、いくつほしいんだい」
「ふたつ。お母さんと僕の分」
「お金は持っているかい」
先生は黙ってうつむいてしまう。
「お金がないなら、林檎をやるわけにはいかないよ」
おじさん役の子供が立ち去ろうとした。
「お願いだよ、おじちゃん。お母さんが病気なんだ。1個だけでもおくれ、お母さんに林檎を食べさせてあげたいんだ」
貧しい可哀相(かわいそう)な子供の役なのだが、60を前にした先生がそれをやると、可笑(おか)しさがこみあげてくる。
「坊や、駄目だよ。これは売り物なんだ、早く家にお帰り」
「わかったよ。じゃあ、さようなら」
こうして先生は退場。
しばらくして場面は変わり、今度は本来の先生の役である大金持ちの商人が登場してくる。裾(すそ)まである長い衣をまとい、布をターバンのように頭に巻きつけた先生は、ユダヤ人の姿がよく似合った。
「ああ、お金!」
出てくるなり先生は、ダンボールに金色の紙を貼って作った大きな金貨を、上着の胸から取り出して叫んだ。
「わしの1番大事なもの、それはお金! 世界で1番愛するもの、それはお金!」
先生は嬉しそうに作り物の金貨に頬をすり寄せた。
大笑いの渦が客席で起こる。これほど先生と縁遠い役はないと思われるのに、それが実によく似合うのだ。
「わしの1番好きなもの、お金! わしの1番の宝、お金!」
私たちは大喜びで拍手喝采した。
「わしの命と同じもの、お金!」
まさに名演技だった。(つづく)

下田 ひとみ

下田 ひとみ

1955年、鳥取県生まれ。75年、京都池ノ坊短期大学国文科卒。単立・逗子キリスト教会会員。著書に『うりずんの風』(第4回小島信夫文学賞候補)『翼を持つ者』『トロアスの港』(作品社)、『落葉シティ』『キャロリングの夜のことなど』(由木菖名義、文芸社)など。

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