【哲学名言】断片から見た世界 アンブロシウスとの出会い

司教アンブロシウスとの出会い

29歳のアウグスティヌスに、その後の人生のあり方を変えるような大きな出会いがやって来ます。そのきっかけは、新生活を始めて間もなくの時期に、生活の拠点をローマからミラノへと移したことでした。

「それで、ミラノからローマの市長にあてて、ミラノの市に弁論術の教師を、旅費もすべて公費をもって負担するという条件で、斡旋を依頼してきたとき、わたしはマニ教の迷妄に酔いしれている人びとを介して推薦にあずかろうとした。わたしがミラノに行くことは、マニ教の人びとから離れる結果となったが、当時かれらもわたしもそれを知らなかった……。」

ミラノで出会った人物こそ、アウグスティヌスがいずれ回心を遂げることになる上で重要な役割を果たすことになる、司教アンブロシウスにほかなりません。今回の記事では、この辺りの事情について見てみることにします。

ローマからミラノへ

まずは、外面的な状況の変化を見ておくことにします。新天地であったはずのローマでまたや学生たちとの間のトラブルに巻き込まれてしまったアウグスティヌスは、別の仕事先を求めてあえぎ苦しんでいました。

北アフリカのカルタゴでは若い学生たちが乱暴や授業妨害をくり返していたので、「これからは、大人しいと評判のローマの学生たちを相手に弁論術を教えよう!」と意気込んでいたアウグスティヌスですが、ここでも別の問題に突き当たることになります。すなわち、ローマの学生たちは確かに評判通り表面上は大人しかったのですが、ずる賢かったのです。彼らは、一人の教師からある程度のことを教わったら、授業料を支払わないために集団で逃亡する(!)という、恐るべき暴挙をくり返していたのでした。

そういうわけで、青年アウグスティヌスと司教アンブロシウスの出会いは互いに前もって予想していたというよりも、まるで運命に導かれるようにして起こった、「『偶然』の装いを身にまとった『必然』」によるものだったと言うことができるかもしれません。当時のローマ帝国の首都ミラノで弁論術の教師が募集されているという話を聞きつけたアウグスティヌスは、上に引用した通り、マニ教関係の人脈を利用しながらその職を得ます。そうして移住した先のミラノで、二人は「前途有望な青年」と「人柄のよいことで知られる、キリスト教の司祭」として、社交の一環で引き合わされることになったというわけなのでした。

「燃える炎」は、人から人へと伝えられてゆく

アンブロシウス!この人自体、西洋思想史の歴史に足跡を残すことになる精神の巨人の一人にほかなりませんでしたが、私たちとしてはこの機会に改めて、次のような論点を確認しておくことにしたいと思います。

論点:
人間の生においては、それ以降の生き方を変えてしまうような決定的な出会いというものが数は多くないとはいえ、起こりうるし、また、実際にも起こっている。

最初から電撃のような衝撃を与える出会いというものも存在しますが、必ずしも常にそのように事が運ぶとは限らないようです。むしろ、後になってから「振り返ってみると、『あの人』に出会った頃から、わたしの人生は後戻りのできない道へと進んでいたのだな……」と思われるようなケースも多々あると言えるのではないか。

哲学の道を行く人の場合であっても、このことは変わりません。親友や恋人との出会いがこうした役割を果たすこともありますが、こと真理の探求に関する限り、やはり最も深い影響を残すのは「師と弟子」の場合でしょう。真理は、人格と人格の間で行われる「受け渡し」の行為を通して伝えられてゆきます。忘れることのできない「あの先生」との出会いがなければ知恵の探求の道には深入りしていなかっただろうという思いを抱いたことのある人の数は、決して少なくないものと思われます。

司教アンブロシウスは、ミラノの市民たちに向けた説教を始めとする仕事で非常に忙しい生活を送る人であったため、アウグスティヌスと深い個人的な交流を結んでいる時間はありませんでした。しかし、これから見てゆくように、アウグスティヌスがキリスト教の信仰へと到達する上で、アンブロシウスの存在は、まさしく決定的というほかない役割を果たすことになります。くり返しにはなってしまいますが、真理を探求するという企てへと人間を焚きつける炎は、言葉を通して、人から人へと伝わってゆきます。探求するとは、真理のために自らの存在を捧げて力の限り走り続けること、それも、「炎」という以外に呼びようのないものに突き動かされながらそうすることにほかなりません。アウグスティヌスは、この炎に触れ、自らの存在の奥底から「新しい人間」へと変えられてゆくという後戻りのできない過程のうちへと、知らず知らずのうちに足を踏み入れていたと言うこともできそうです。

おわりに

「当時、わたしはこのような罪人であった。それにもかかわらずわたしは、徐々に、知らず知らずに、救いに近づいていた。」アンブロシウスとの出会いから15年近くが経過した後に書かれた『告白』において、アウグスティヌスは出会いの出来事に関してこう振り返っています。私たちは、哲学の道を行く青年がミラノの司教との出会いを通して何を感じ取り、どのように変わっていったのか、引き続きたどってみることにしたいと思います。

[読んでくださっている方の一週間が、平和で穏やかなものであらんことを……!]

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