女性に生きる力を、婦人保護施設 望みの門学園 

望みの門 入り口

第二次世界大戦直後の混乱期、自らの身を売って生計を立てざるを得なかった女性達が、日本国内にも多くいた。そうした境遇にあった女性達を救出しようと、ドイツの宣教団体に協力を求めたのが社会活動家で牧師の賀川豊彦であった。

賀川の働きかけによりドイツから日本へ派遣された宣教師達が作り上げたのが、社会福祉法人ミッドナイトミッションのぞみ会(千葉県富津市)だ。「真夜中の宣教」を意味するミッドナイトミッションは、1962年に婦人保護施設「望みの門学園」を同市内に設立。現在まで多くの女性達を保護し、送り出してきた。同会では、現在、婦人保護施設のほか、児童養護施設、乳児院、障がい者や高齢者のための福祉施設など20施設を運営している。日本基督教団西千葉教会信徒で、婦人保護施設「望みの門学園」の施設長田尻隆さんに話を聞いた。

婦人保護施設は、全国に47カ所設置されている。1957年に施行された売春防止法により、売春をする恐れのある女性を保護する目的で社会福祉法人などが運営を始めた。2001年に制定された配偶者暴力禁止法(DV法)により、配偶者からの暴力の被害者を保護する目的も加えられることが明確化された。

現在、望みの門学園に入所しているのは、30代から60代の女性14名。20年以上もここで暮らしている長期入居者もいる。定員は30名だが、近年、入居率は5割に満たないことが多いという。

「全国的にも婦人保護施設の稼働率は、3割を切っていると言われています。コロナの影響で、NPO法人などに寄せられるDV被害相談、望まない妊娠、性暴力などの相談は今年に入り、大幅に上がっていて、女性の自死率も上がっているとい言われているのに、保護施設への入居打診はあまり多くはありません。それは、困難を抱える女性が制度の狭間に陥り支援にたどり着けないという目には見えない壁があるからなのだと思っています」と田尻さんは話す。

入居している女性の多くは成人する過程において、虐待を受けていたり、十分な教育やしつけを受けていなかったり、愛情を受けて育っていない人々も少なくない。障がい者手帳を持っている入居者も約半数いるという。こうした女性の多くは社会生活を営む上で大きな困難を抱え、貧困に陥り、性的にも経済的にも搾取され、家族や周囲の助けも受けられないといった状態で保護をされる。

望みの門学園に入居すると、まずそこでの生活に慣れ、安心して暮らせる環境を徐々につくっていくことから始める。職員をはじめとする周りの人々との人間関係を少しずつ育みながら、社会生活の入口に立つのだという。就職をして、生計を立てられるようになるまで、さまざまなステップを踏むことになるが、同園では初めのステップとして、ファーム班、工房班と呼ばれる場所で共同作業をして、社会に出る練習をする。その後、ミッドナイトミッションの他の施設などで働きながら、暮らすことが多い。

「以前は、施設の外へもパートのような形で就労していた人もいたのですが、人間関係で躓(つまづ)くことが多く、長続きしないことが多かったように思います。中には、異性関係でのトラブルもありました。施設での暮らしが耐えられなくなり、元の生活に戻る人もいます」と田尻さんは話す。

施設の中にある礼拝堂では、日曜日に礼拝が行われている。月に一度の誕生日会では、聖書の話をしたり、賛美歌を歌ったり、互いのために共に祈る時間もある。施設内の各所には聖句が掲げられており、入居者の多くは初めて目にする聖書の言葉であっても、ここでの生活には欠かせないということを自覚する。

「苦しい境遇を経て、ここにたどり着いた女性たちの中から、年に数人ですが受洗の恵みに預かることがあるのです。これは、本当にうれしい瞬間ですね。私の心にも神様からの温かい祝福があるのを感じます」と田尻さん。

女性入居者、女性職員ばかりの婦人保護施設の中で、キリスト者の男性が関わる意味は大きい。

「私も神様の目から罪人の一人。今後もここに来る傷ついた女性たちに寄り添い、共にキリストから愛される器として歩んでいきたい」と話す。

望みの門学園は、現在、新しい建物を建設中。来年6月の完成を目指している。

守田 早生里

守田 早生里

日本ナザレン教団会員。社会問題をキリスト教の観点から取材。フリーライター歴10年。趣味はライフストーリーを聞くこと、食べること、読書、ドライブ。

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