7月8日「熱心に求めなさい」

霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい。(コリントの信徒への手紙Ⅰ 14章1節)

コリント教会では、礼拝中に恍惚(こうこつ)状態になり、意味不明の異言を語る者が続出した。しかも、これを優れた霊の賜物と見る風潮があった。これに対して、パウロは異言と預言とを比べて、預言の方がより優れた賜物であると語り、今日の聖句のように勧めた。預言とは福音を語ることである。預言が異言よりも優れているのは、福音は人々を救い、教会を造り上げるからである。私たちはそのために神に召されている。教会が福音を語らないなら、存在理由はない。

預言は礼拝で語られる説教だけではない。福音によって救われた者が、その恵みを語ることである。福音によって生きる者とされた喜び、自由、慰め、希望を、また神が聖書を通して自分に語ってくださった言葉を語ることである。

パウロは「異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語るほうを」(19節)とると言い、信徒たちが人々に分かる言葉で福音を語ることを求める。信仰は理性を排除しない。しかし、理性的であると同時に霊的である。パウロは「霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう。霊で賛美し、理性でも賛美することにしましょう」(15節)と言う。福音が語られるところで、聖霊は聞く人の魂を福音の光で輝かす。それゆえに、私たちは預言する時、理性で語ると同時に、今ここで働かれる聖霊を信じて、祈りつつ語る。

キリスト者は福音に拠って生活し、その福音を人々に証しする。神の愛と恵みを示す聖書の「五つの言葉」(19節)、そのみ言葉を、祈りをもって、人々に分かるように伝えよう。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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