4月8日「神が味方であるならば、だれが敵対できますか」

もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。(ローマの信徒への手紙8章31節)

パウロは今日の聖句で、「神がわたしたちの味方であるならば」と言う。もちろん、そうである。神は、主イエスを信じ、神を「アッパ、父」と呼ぶ私たちの味方である。なんと心強いことであろう。「あの人間は駄目だ」と中傷する声や、「お前は駄目だ」という内なる声が聞こえても、もはや恐れることはない。私たちのすべてを知り、私たちを真に裁くのは神である。その方が御子イエス・キリストの死をもって、「わたしはあなたを贖(あがな)った」と宣告される。しかも、キリストは死から復活させられて神の右にいまし、私たちのために父なる神に執り成してくださる。

私たちは神を信じていても、苦しみに弱い人間である。時として苦しみが私たちを神から引き離す。しかし、主イエス・キリストに現れた神の愛は私たちを離さない。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難(かんなん)か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。... しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています」(35〜37節)。

キリストによる神の大いなる愛が、これらの苦しみに対して輝かしい勝利を私たちに与えてくださる。苦しいことや、途方に暮れることの多い人生であるが、恐れることはない。神が私たちに現してくださったキリストの愛を見上げよう。私たちは神の子であり、神が味方である。この喜びを噛みしめて、私たちもパウロのように、「これらすべてのことにおいて、勝ち得て余りがある」と声高らかに神を賛美しよう。

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