「納得死」とは 川越厚氏講演 東京YWCAシニアダイヤル公開研修

 

高齢者のための電話相談事業「東京YWCAシニアダイヤル」主催の公開研修が14日、東京YWCA会館カフマンホール(東京都千代田区)で開催された。講師は在宅ホスピスの第一人者である川越厚(かわごえ・こう)氏(71)。集まった約80人を前に、「老いと死を受けとめる生き方とは──納得死の実現に向けて」というテーマで話をした。

川越厚氏=14日、東京YWCA会館カフマンホール(東京都千代田区)で

川越氏は1947年、山口県生まれ。73年に東京大学医学部卒業。茨城県立中央病院産婦人科医長、東京大学講師、白十字診療所在宅ホスピス部長を経て、94年よりキリスト教系の賛育会病院院長を務めた後、2000年、クリニック川越を開業すると同時に、在宅ケア支援グループ「パリアン」を設立した。

川越氏が提唱する「納得死」とは、患者だけではなく、看取る家族、医療者、ホスピスも納得できるものでなければならない。家族については、「納得のいかない死は、死を看取った家族に深い傷を残す」と述べる。また、患者の死に深く関わる医療者も納得がなければならないが、それは患者や家族が望む死とは必ずしも一致しない。

「在宅死は、医療者にとっては受け入れがたい、納得のいかない死かもしれませんが、大事なことは、家に帰って人間として生きたということです。ウィリアム・オスラー(1849〜1919)が、『医とは、科学に基づいた人間の技である』と言っているように、医療は老いや死に対して無力であり、最後は科学ではなく人の技が必要になってくるということを思い起こすべきです」

二十数年前、川越氏のところにやって来た上顎洞(じょうがくどう)がんの50代の男性は、がんの治療をまったく受けていなかった。自分の命を軽く見ているように思え、当初は受け入れを断ったが、話をよく聞いてみると、母親も同じ病気で、放射線治療と化学療法が繰り返し行われる中で苦しみながら死んでいったという。「自分はそういうふうに死にたくない」というその男性の決断を川越氏は理解し、受け入れた。

では、関わるすべての人が納得する死を実現するのは、どんな医療なのか。それを川越氏は次のように説明する。患者の痛みを緩和し、患者が人間として生きることを支える。そのためには医療者が、患者と家族が決めた生き方を最後まであたたかく見守り、支援すると同時に、あるがままの命を受け止めるよう伝えることだ。

「あるがままでいいということは、今の状態が変わっていくことも認めることです。無理やり若返りを考えるより、老いていくそのままの自分を受け入れる。シニアへの電話相談も、そういうことを伝えていくことが大切なのではないでしょうか」

そして、クリスチャンである川越氏は、米国の神学者ラインホルド・ニーバーのものとされる有名な祈りを紹介した。

「神よ、変えることのできないものは、それを受け入れるだけの心の落ち着きを与えたまえ。
変えることのできるものについては、それを変えるだけの勇気を与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、できないものとを見分けられる知恵を与えたまえ」

講演後の質疑応答では活発に質問・意見が交わされた=14日、東京YWCA会館カフマンホール(東京都千代田区)で千代田区)で

最後に、次のように語って講演を締めくくった。

「ホスピス・ケアは、命の神秘に触れるケアです。死後診断をし、死を確定しても、それは便宜的に医師が判断しているだけ。やはり、死ぬとはどういうことなのか、答えに窮します。ただ、亡くなっていく時に、『それがその人が望んだ新しい門出だ』と、残された人を納得させる死は、何年経っても忘れられません。人の死とはそういうものではないでしょうか」

研修に参加した60代の女性は次のように感想を語った。「死やケアについて分かりやすく語ってもらい、とても感動しました。死を前にしたとき、周りに頼ってもいいのだと素直な気持ちになれました」

今回研修を主催した「東京YWCAシニアダイヤル」では、シニアダイヤルのボランティア相談員を募集している。詳しくはホームページを。

雑賀 信行

雑賀 信行

カトリック八王子教会(東京都八王子市)会員。日本同盟基督教団・西大寺キリスト教会(岡山市)で受洗。1965年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。90年代、いのちのことば社で「いのちのことば」「百万人の福音」の編集責任者を務め、新教出版社を経て、雜賀編集工房として独立。

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