作家・韓江氏のノーベル文学賞受賞に向けられる韓国キリスト教の二つの視線 李 恵源 【この世界の片隅から】

10月10日、韓国人作家の韓江(ハン・ガン)氏がノーベル文学賞を受賞することになったとのニュースが伝えられた。「わぁ、ノーベル文学賞だなんて!」――大学時代に国文学を学んだ一人としてハングルの文学作品が世界で最も権威ある文学賞を獲得したことに誇りを感じた瞬間であった。受賞決定以降の数日間は、韓国全体が喜びで沸き立っていたと言っても過言ではないであろう。

しかしながら、喜びの祝祭は、夏の夜の夢のように終わってしまった。極端に両極化している韓国社会が、韓江氏のノーベル賞受賞をめぐっても二分化してしまったからである。このような両極化現象は、韓国キリスト教内にもはっきりと現れている。

「保守右翼」陣営は、韓江氏の作品のうち、5・18光州民主化運動や済州島4・3事件を背景にした作品が歴史を大きく歪曲していると反発し、そのうちの一部は、駐韓スウェーデン大使館前に集まって、「偏向した歴史歪曲」作品を選んだことにより、「ノーベル賞の権威を失墜させたスウェーデン・アカデミーを糾弾」しつつ、デモを行った。

韓国キリスト教界の保守陣営も、やはり早々に韓江氏の作品に対する露骨な非難を開始した。例えば、10月14日付の『基督日報』に掲載された寄稿文の中で亜細亜連合神学大学の前総長である高セジン氏は、韓江氏の文章は「5・18事件を偏った形で扱い、4・3暴動の真実の姿を糊塗し、代表的な小説である『採食主義者』は、男性や家族に対する感情的な解体と知性的な破壊を試みるポルノ」であるとし、彼女の受賞は「従北左派文学に対する祝福のセレモニーにほかならない」と述べている。

保守的キリスト教のブロガーやユーチューバーらも、「愛・慈悲・希望・救済といった肯定的で希望に満ちたテーマ」を強調するのがキリスト教的価値観であるが、韓江氏の作品は、「現実の悲惨な生と内的欲望」を暴力的かつ猥褻に表現しており、「キリスト教的価値観と対立」するものであるとの評価を下している。韓江氏の小説『採食主義者』には主人公が食事をするのを拒否する場面が出てくるが、そのことに対し、それは、「神の創造の秩序を拒否」することであり、「神的権威に対する抵抗」なので問題であると、ある神学大学の教授はコメントしている。

一方、韓神大学名誉教授の金敬宰(キム・キョンジェ)氏は、10月24日付の『基督日報』に文章を寄せ、韓江氏は国家暴力の犠牲となってきた人たちの「歴史的トラウマ」を直視し、他者の苦しみをともに感じながら連帯しているとし、「韓江という作家が、その作品を通して語ろうとする真実が、ほかでもないイエスの精神であるということに気づかされる」と評した。金氏は、「苦しみの中にある人間と命あるものたちとの共感と連帯を決して緩めてはいけない」ということを韓氏は韓国の神学界に投げかけているのではないかとも付け加えるとともに、韓氏が神学者たちに良い意味での刺激を与えてくれているとも語っている。

保守的キリスト教徒らの韓江氏に対する攻撃は、一般の日刊紙においても大きく報道されており、韓国キリスト教に対するイメージが一方の側に偏ってしまうのではないかと心配である。今回のノーベル賞受賞が、韓江氏が語る「抑圧」「苦しみ」「生の弱さ」に対してキリスト教徒たちが今一度熟考する契機となればと願うものである。

李 恵源
 い・へうぉん 延世大学研究教授。延世大学神学科・国語国文学科卒業、香港中文大学大学院修士課程、延世大学大学院および復旦大学大学院博士課程修了。博士(神学、歴史学)。著書に『義和団と韓国キリスト教』(大韓基督教書会)。大阪在住。

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