6月23日に刊行された『わたしが「カルト」に?』(日本キリスト教団出版局)の「出版記念トークイベント in 仙台」(主催:仙台キリスト教書店、日本基督教団東北教区センター)が8月8日、日本基督教団東北教区センターエマオ(仙台市青葉区)を会場に、Zoomウェビナーを使ったハイブリット形式で開催された。著者の竹迫之氏(日本基督教団白河教会牧師)と齋藤篤氏(日本基督教団宮城野教会牧師)および監修を務めた川島堅二氏(東北学院大学教授)が登壇し、同書の内容を深く掘り下げるとともに、本質的なカルトをめぐる問題に迫った。70人が参加した。
著者の2人はいずれもキリスト教会の牧師。元カルト宗教信者でもあり、現在はカルト被害者支援に携わっている。同書では、カルト問題の現状、カルトの基礎知識、被害防止の対策などを指南する一方で、カルトは、旧統一協会やエホバの証人のようなある特定の反社会的集団を指すだけでなく、個人的な人間関係でもカルト化は起こりうるとする。誰もがカルト化する可能性があることを知ることが、カルトへの最大の防御になると訴える。
同書の編集者である市川真紀氏もオンラインで参加した。企画から刊行に至るまでの経緯を振り返り、齋藤氏、竹迫氏、監修の川島氏というカルトの専門家による最強トリオで同書を作ってきたことを話した。さらに、同書のもう一人の貢献者として寄稿「『わたしがOK』と思えるようになるまで」を寄せた齋藤朗子氏(日本基督教団宮城野教会牧師)の存在の大きさをこう語った。「ご自分の体験をカルト宗教2世として書いてくださった。今現在もお母様がエホバの信者で、お母様との関係性がこれまでどのように紡がれてきたかが描かれている本当に秀逸な証しになっている。この証しをもってカルト関係の第2弾を企画したいと考えている」
トークタイムでは、川島氏が同書の中に書かれている事柄をピックアップし、その内容を深掘りしていく形で進められた。中心となった議論は「カルトと宗教の区別」で、このことをめぐった2人の著述は、他のカルト関係本にはない同書の大きな特徴となっている。
齋藤氏はカルトを「ゆがんだ支配構造によって本来人間に備わるべき人権を奪い、さまざまな弊害をもたらす状態」と定義する。竹迫氏もカルトと宗教が混同している現状を指摘し、「カルトは宗教に限ることではない」ことを明言する。これらを前提とした上で川島氏が問題提起したのはこの2点。①カルト問題を宗教が責任を負うべきなのか。②支配がどれだけゆがんだらカルトになるのか。どこからどこまでという線引きができない領域なのではないか。
竹迫氏は、「カルトはあくまでも人を支配する手段として宗教を用いているに過ぎない」と強調する。その一方で、カルトという現象を消去法で見ていくと、そこには本来宗教が目指すべきことが表示されるという。宗教がより宗教らしくなっていくことがこの機会に必要とされているのではないかと語った。
齋藤氏も、宗教の本来の目的と逆のことをしていく時にカルト化してしまうと述べ、そこがカルトを「ゆがんだ支配」と定義づけした一番大きなところだと伝えた。また、カルトと宗教の違いは明確に語れるが、どこからカルトなのかの線引きとなると明確には語れないことも明かした。それでも同書にも掲載している「カルトチェック表」を使えば、大体の傾向をつかむことはできると話す。
さらに「異端」についても言及した。川島氏によるとオウム真理教の事件以前は、キリスト教界において問題視されていたのは異端とどう向き合うかだった。しかし、今現在はカルト対策に重点が置かれ、異端はあまり問題にされなくなってきている。川島氏は、文化庁の『宗教年鑑』が発表する信者数のデータから、異端のキリスト教会の信者数が正統派のキリスト教会の信者数をはるかに凌いでいることを示しながら、日本人が最初に出会うキリスト教が異端の教会という可能性が高いのではないかと危機感を示した。
それに対して齋藤氏は、異端がカルトとは切り離せない部分があるとしながらも、異端はキリスト教会内部の問題であることを伝えた。相談者が知りたいのは異端かどうかではなく、カルト性の有無であり、社会問題としてカルト問題を取り上げていることを説明した。竹迫氏も異端の扱いについては齋藤氏と同意見ではあるものの、異端というのは福音の私物化であり、ある特定の人たちが救いを可能にするような教義解釈をしてきた歴史があることを加えた。
その後、参加者との質疑応答が行われた。
宗教教育について聞かれた竹迫氏は、宗教に対する知識があれば旧統一協会にのめり込まなかったと思っているとを明かし、キリスト教に限らず宗教リテラシーの必要性を語った。また、闇バイトも一種のカルトではないかという発言もあり、耳障りのいい言葉で人の心に入り込んでくるカルトからどう身を守ればいいのか、正統な教会の数が減っていく中で教会はカルトの砦でいられるのかが質問された。齋藤氏は、それぞれの人の中にあるカルト性の対策について同書では書くことができなかったと述べ、今後提供していきたいと答えた。竹迫氏は、キリスト教とは関係なくとも福音的な交わりをしている団体が結構あり、そういった団体の健全性を見極め、知らせていくことも教会の大きな役割ではないかと話した。