新型コロナ・ウイルスについてのクリスチャンの心構え 医学博士の樋野興夫さんに聞く

 

日本でも感染が広がっている新型コロナ・ウイルス。咳(せき)やくしゃみなどによる飛沫(ひまつ)感染や、手で触れたものによる接触感染などを避けるため、キリスト教団体でもイベントが中止されたり、礼拝時の注意などが喚起されたりしている。

目に見えない感染症に対して、教会やクリスチャンはどう向き合えばいいのだろうか。医学と哲学を結びつけた「がん哲学外来」の提唱者でもある医学博士の樋野興夫(ひの・おきお)さんに話を聞いた。

樋野興夫さん

──新型コロナ・ウイルスについてどのようにお考えでしょうか。

コロナ・ウイルスそのものは1960代に発見されたものですが、新型コロナ・ウイルスについては、感染症を専門にしている人は別にして、一般の医者でも知っている人はほとんどいません。

ただ、どんな感染症でも、がんと違って防ぐことができ、治すことができます。それはペストなど、これまでの感染症に関わる歴史が物語っています。感染症では死なない時代が来る。それが人類の進む方向です。

──とはいえ、まだ治療法も解明されないまま感染が広がっています。このような状況で私たちはどう対応すれがよいでしょうか。

まずは個人として、手洗いやうがい、咳エチケット(咳やくしゃみをする際、マスクやティッシュ、ハンカチ、袖を使って口や鼻を押さえること)など、自分でできる予防に全力を尽くすことです。

でも、自分ではコントロールできないこともたくさんあります。それは受け止めるしかない。自分でできることと、できないことを識別する能力を持たないといけないと思います。

──教会での感染を心配する声も聞かれます。教会として何か対策すべきことはありますか。

一般論として、「病気はこうなっているので、皆さん、気をつけましょう」と牧師が呼びかけるのは大事ですが、それを聞いた教会員たちがどのような判断をするかは自由意思でしょう。「そうしなさい」という命令ではありませんから。自由意思を持って、人のために自分はどうするかを考えることで、自分たちがすべきことが見えてくるはずです。たとえば、「もしも人にうつして迷惑をかけるかもしれないから、礼拝に行かないでおこう」と教会員一人ひとりに自覚させることが必要だと思います。

──そのためには、どうしたらいいでしょうか。

今回の新型コロナ・ウイルスを一つの例として、クリスチャンとして、教会の人間として、これにどう対応するかを教会の中でディスカッションしたほうがいいと思います。日曜礼拝の後のお茶会などの時に、「自分ならどうするか」を自分たちで考えるんです。結論は出ないかもしれませんし、新型コロナ・ウイルスも防げないかもしれません。ただ、「この時のため」と考えると、またあとで別のことが起きた時の心構えができます。

──病気にかかった人が差別されるということも考えられます。

病気は誰でも起こります。大切なのは、「病気」であっても「病人」でない社会を作ることです。感染症であれ、がんであれ、希望を持っている人を誰が「病人」と呼ぶでしょうか。

教会の役割は、そういう意味では大きい。差別されるようないろいろな病気があって、そういう時にどう対応したかが世に問われてくる。社会的包容力として教会はどうあるべきかを考える時ではないでしょうか。

──新型コロナ・ウイルスについては、本体が分からないということが大きな不安になっていると思います。

グレーゾーンを語る時には、愛しかありません。相手のことを思って語れば、問題が解決しなくても、悩みや不安は解消されます。

何も解決できなくても、「困っている人と一緒に困ってくれる人」になれるかどうかです。教会は「犬のおまわりさん」にならないといけない。「困っている人と一緒に困ってくれる」のが教会なんですね(「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」ローマ12:15)。一緒に困ってくれることで不安は解消されます。

もちろん感染症であり、うつる病気だから、予防も大切です。ただ、予防だけを強調するのではなくて、心構えも持たないと。まわりの人が感染した時に、自分はどう対応するか。心構えが必要です。

──もしイエス・キリストなら、どう接するかですね。

いちばん困っている人を優先する。これが「偉大な」おせっかいです。自分がしたいことを相手にするのは「余計な」おせっかい。

もし自分がかかったらどうするか。何をしてほしいか。それを考える。そうすると、人の見方が変わってくるはずです。

樋野興夫(ひの・おきお) 1954年、島根県生まれ。79年に愛媛大学医学部を卒業後、がん研究所に入所。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センターや米国フォックスチェイスがんセンターなどを経て、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授に就任。19年より順天堂大学名誉教授、同大医学部病理・腫瘍学客員教授、新渡戸稲造記念センター長。2008年に、がん患者の苦しみを言葉で癒やす「がん哲学外来」を開設し、そこから発展して生まれた「がん哲学外来メディカル・カフェ」の活動は昨年、映画化もされている。『がんばりすぎない、悲しみすぎない。「がん患者の家族」のための言葉の処方箋』(講談社)など著書多数。

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