今日から新しく第1第3金曜日にコラムを担当しますchiyoです!すでにこちらでコラムを執筆中のMAROくんからご指名をいただき、生まれて初めてのコラム連載になります。皆様どうぞよろしくお願いします!
僕はロックバンド/サルーキ=を2001年に結成して約20年間バンドライフを送っていますが、縁あって(導きで)、2003年に洗礼をうけクリスチャンになりました。つまり、クリスチャンになってからの時間よりバンドでの人生が長いわけですが、さらにその前をさかのぼると、父の仕事の関係から歯医者の大学に通っていた時代もあり(のちに中退)、その時期によっていろんな肩書きがあったものです。
大学を辞めて、なんの肩書きもなくなった僕がミュージシャンになるという夢だけを頼りに2000年に地方から上京してきたわけですが、その頃は不安でしたね。まず東京に知り合いがいない!大都会の喧騒のなかにいても、誰も自分を知ってる人がいないというのは、自分自身が街の風景になったような感じで何とも心細いものでした。
そんな僕が東京でミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた最初の一歩は、中学時代に同じ剣道部だった子のつてを頼って自由が丘の居酒屋で弾き語りをさせてもらうことからでした。しかし思うように歌を聴いてもらえず、周りは酒場のどんちゃん騒ぎで、僕にとってはいかにその状況で歌をきいてもらえるか試行錯誤の日々でした。聖書でいうところの「荒野」が僕にとっては「東京」だったわけです。
「荒野で神と出会う」また「荒野で試みにあう」というストーリーは、アブラハムやモーセ、そしてイエス様に至るまで数多く登場します。荒野とは、過酷なところ、孤独なところ、自分の力だけでは生きていけないところ… その頃の僕は早くも東京での生活のなかで疲れ果て、 自分の渇いた魂が本当に求める命の泉を探していたんだなあと思います。とにかく知り合いのいない東京で生きてくためには友達が必要でした。歌っていた居酒屋での出会いや、アルバイト先での出会いも少しずつ出てきたのですが 自分自身は夢への焦る思いと、自分が落ち着ける本当の居場所を探していたように思います。
そんな中、ようやくデモテープ審査に受かり、本格的なライブハウスで僕は歌う機会を得ました。最初は空に舞い上がるように嬉しくて 地方から何の保証もなく夢一つを頼りに出てきた僕が東京の老舗ライブハウスに認められたような気持ちだったのですが、 今度は実際問題、自分でチケットを売ってライブハウスに人を集めなくてはならないという新たな壁にぶつかりました。友達のまだまだ少なかった僕は、歌っていた居酒屋で出来た友達にお願いしてチケットを買ってもらっていたのですが、 毎月ライブハウスに出演していた僕は、毎回毎回友達にチケットを買ってもらうのにも限界を感じていました。
しかし、2度目のライブハウス出演時に出会いがありました。その日は僕も含めたアーティスト3組で共演(つまり対バン)の日だったのですが、 その中の1人の共演者と楽屋もないバックステージで話していて少し仲良くなりました。 聞くとその子も今日が東京に出てきてまだ2度目のライブだと言うではありませんか。そこで出会ったその人こそ、僕にとって生まれて初めて出会ったクリスチャンで、そしてのちに生涯の伴侶となる神山みさというアーティストだったのです。
人生はまさにGOD ONLY KNOWS!
この続きはまた次回のコラムで。
☆chiyo☆