黄之鋒に新たに禁錮10年 獄中書簡に見るキリスト教信仰

香港の民主活動家、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏(30)は11月5日、香港国家安全維持法に基づき、外国勢力との結託を共謀した罪で新たに禁錮10年の判決を言い渡された。黄氏は、2020年の民主派による非公式予備選をめぐる「47人事件」ですでに服役しており、当初は2027年1月に刑期を終える予定だった。

黄氏は、2012年に香港政府が導入を進めた「道徳・国民教育科」への反対運動〔中国への国民意識や帰属意識を育成する同科目の導入に対する大規模な反対運動〕で注目を集めた。その後、2014年の「雨傘運動」〔普通選挙の実施を求め、若者を中心とする市民が香港中心部の幹線道路を79日間にわたり占拠した運動〕などを通じ、香港の民主化運動を象徴する若手活動家の一人となった。一方、幼少期から教会に通うキリスト者でもあり、自身の社会参加とキリスト教信仰との関係について、たびたび公に語ってきた。

本紙でも、2024年11月に「香港の民主活動家ら45人に最長10年の禁錮刑」と題して、「47人事件」の判決とキリスト教関係者の反応を報じた。

香港の民主活動家ら45人に最長10年の禁錮刑 戴耀廷氏「信仰と抵抗はコインの両面」

以下は、香港の独立系メディア「低聲道(ザ・ボイス)」が今回の判決を受け、獄中の黄氏の書簡と、その社会参加の原点にあるキリスト教信仰を紹介した記事を、同社の許可を得て訳出したものである。(報告・翻訳=松谷曄介)


黄之鋒は、当初予定されていた刑期の終了まで残り2カ月余りとなったところで、さらに禁錮10年の判決を受けた。親友の銭詩文(ティファニー・チン、元「学民思潮」メンバー)は、判決前に香港の独立系オンラインメディア「集誌社」のインタビューに応じた際、黄之鋒が今年、獄中で書いた手紙について語った。その手紙には、次の聖書の一節が引用されていた。

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。」(ヨハネの手紙一4章18節、『聖書 新共同訳』)

キリスト者である黄之鋒自身、この聖句が聖書のどの書の何章何節にある言葉なのかは忘れていたものの、手紙にはこう記していた。

「おそらく、この数年のうちに、これまで経験したことのないほどの恐怖が現実のものとなったとき、僕たちは初めてこの言葉の意味をいっそう深く理解するのだろう。仲間同士の愛もそうだし、一つの共同体を愛することも同じだ。一つの都市への愛もまた、そうなのだ。」

30歳の黄之鋒は、2012年に学生団体「学民思潮」の召集人として、道徳・国民教育科の導入に反対する運動を推進し、広く社会に知られるようになった。

2013年当時のまま残されている「黄之鋒個人ウェブサイト」には、自己紹介の冒頭に次のように記されている。

「黄之鋒、今年16歳。現在、高校2年生であり、キリスト者でもある。」

自己紹介によれば、時事問題への関心は、高速鉄道建設反対運動〔広州―深圳―香港高速鉄道の香港区間建設に反対した運動〕、2010年の五区住民投票〔民主派議員5人が辞職して補欠選挙を実施し、普通選挙導入の是非を問う「事実上の住民投票」と位置づけた運動〕、政治制度改革をめぐる論争〔行政長官・立法会の選挙制度改革、とりわけ普通選挙の導入をめぐる論争〕から始まった。こうした動きを通じて政治的な目覚めを経験し、それ以来、さまざまな社会運動に参加するようになったという。

「キリスト者は社会問題を目の当たりにしたとき、それを無視することを選ぶべきではない。むしろ、社会を変え、より神の御心にかなう社会にするよう努めるべきだ。例えば、聖書が語る正義の実現、労働者が受けるべき賃金を受け取ること、人間は生まれながらに平等であることなど……」

ウェブサイトに掲載された2011年の記事では、黄之鋒が「社会運動の道を歩み始めた」経緯と理念が語られている。その原点には、幼いころから父親が熱心に教会奉仕に携わる姿を見てきたこと、父親に連れられて社会的に恵まれない人々を訪問したこと、そして中国大陸の家庭教会〔政府非公認の教会〕に関するドキュメンタリーを見たことなどがあった。こうした幼少期の経験を通じて、彼はキリスト者として担うべき使命を学んだのである。

この記事を書いた当時、黄之鋒は教会の青少年部に加わって約4年が経過していた。教会の説教や聖書研究会では、キリスト者が学校、地域社会、職場などの集団を「変革する」ことが繰り返し強調されていた。キリスト者は、たとえ好ましくない環境に置かれても、そこから逃げたり離れたりするのではなく、むしろ微力を尽くして、その集団を「変革する」べきだという教えである。

黄之鋒はこの教えを社会問題への関心にも当てはめ、教会関係者の間で社会問題がほとんど議論されないことに疑問を抱いた。彼は、香港の公共空間においてキリスト者の存在感はきわめて乏しく、キリスト者でない人々からは「部屋の中に閉じこもって、一人で祈ることしか知らない」と見られている、と指摘していた。しかし、教会の社会的価値はそれだけにとどまるものではなく、もっと大きな理想を持つべきだ、と彼は考えていたのである。

記事は続いて、高速鉄道建設反対運動や五区住民投票が彼に与えた影響について述べている。その後、黄之鋒は毎日ニュースに目を通し、社説を読み、Facebookで記事を共有し、短いコメントを投稿して議論に参加するようになった。また、政治的立場の異なるネットユーザーとの論争も始めたが、議論の難しさを感じたことから、さまざまな書籍を読むようになったという。

やがて黄之鋒は、時事問題を論評するだけでは不十分であり、自ら街頭に出なければならないと考えるようになった。そして、「政治に関わった牧師」であるマーティン・ルーサー・キングの次の言葉を引用している。

「変化は自動的に訪れるものではない。絶え間なく続けられる抵抗を通して実現するものである。」〔説教「The Death of Evil upon the Seashore」(1956年5月17日)より〕

当時の黄之鋒は、理想を持つ人々が今後ますます増えていくと信じていた。特にキリスト者については、これまでのように「政教分離」などを口実に社会問題を無視するのではなく、教会に座って説教を聞き、聖書を学び、祈るだけでなく、街頭に出て福音を伝え、社会的な活動にも参加できるはずだと考えていた。

記事の最後で彼は、自分が純粋な心を抱いていることを述べ、村上春樹の「卵と高い壁」という言葉〔2009年、エルサレム賞受賞講演で語った「高く固い壁と、それにぶつかって割れる卵があるなら、私は常に卵の側に立つ」という言葉〕を引用し、「卵をもって石にぶつかる」という信念のもと、街頭に出る決意を表明している。

それから15年後、黄之鋒は民主派予備選挙をめぐる「47人事件」によって獄中にある。当初は2027年1月に刑期を終えて出所する予定だったが、2025年6月6日、さらに外国勢力との結託を共謀した罪で再逮捕・起訴された。

親友の銭詩文は「集誌社」のインタビューで、その翌日に黄之鋒を訪問した際の様子を振り返った。当時の彼は非常につらそうな状態にあり、目に涙を浮かべながら必死にこらえ、まなざしは暗く、輝きを失っていたという。その姿を見ることは、彼女にとって非常につらいことだった。

黄之鋒は銭詩文に宛てた手紙の中で、今後、自分の近況について彼女に尋ねる人がいるだろうから、その時は誰に対しても次のように答えてほしいと伝えていた。

「今の僕は、過去5年間のどの瞬間にも増して、誰かに気にかけてもらい、慰めてもらい、苦しみを分かち合ってもらい、励ましてもらうことを強く望んでいる。」

また、獄中で自ら執筆した情状酌量を求める手紙の結びでは、『フィリピの信徒への手紙』4章11~13節を引用した。

「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」〔『聖書 新共同訳』〕

原文:中国語 執筆:LikHang(香港の独立系メディア「低聲道(ザ・ボイス)」より)

公式サイト:https://www.thevoicehk.com/

「小さき声でも、沈黙にあらず!」(「低聲道」の標語)

*写真=香港の独立系メディア「低聲道(ザ・ボイス)」の写真記事より転用。写真左上:2020年12月、収監中に裁判所へ護送される黄之鋒。写真右下:2012年、学生団体「学民思潮」の召集人として「道徳・国民教育科」導入反対運動に取り組んでいたころの黄之鋒。

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