医学部受験を控えたクロスはニューヨークで救急隊員として働き始める。「人を助けたい」と願う彼は部屋に天使の絵画を飾り、翼を刺繍したジャケットをいつも着ている。クロス(十字架)という名前は必然か。しかし着任早々、銃撃現場の凄惨さと混乱に圧倒されて全く動けない。パートナーのベテラン隊員ラットから「お前は2週間も持たない」と宣告される通り、クロスは絶望的な現場の数々に、身も心も蝕まれていく。
『アスファルト・シティ』はニューヨークの救急医療現場の今を描くスリラー映画。監督や出演者が実際に救急車に乗って訓練を受け、現場を経験しただけあって、細部に至るまでリアルに描かれている。土地柄、ギャングの抗争やドラッグを巡る犯罪、オーバードーズやDV、言葉が通じないなど、多種多様な現場に赴かなければならない隊員たちのストレスは大きい。生命の危険さえある。「近年、救急隊員の自死が増加し、その数は殉職者数を上回る」というテロップが最後に表示されるが、本作を視聴した後では何ら不思議なフレーズではない。
問題の一つは、アメリカの医療制度が事実上崩壊している点にある。保険に入れず、高額な医療費を払えない低所得地域の人々は医療機関に行かない(行けない)。彼らが最終的にどうにもならない状態になって救急搬送される時、その目を覆いたくなる現場を最初に目撃する隊員たちの衝撃と絶望はいかほどか。そんな悲劇が延々と続くにもかかわらず、隊員たちは自らがトラブルを起こすまでまったくケアされない。「人を助けたい」と願うクロス自身が、明らかに助けを必要としている状態なのに放置されるという逆説が、その過酷さを端的に表している(男性が多い職場のため、「男らしさ」に囚われて助けを求めにくい状況もあると思われる)。
その理不尽な状況は隊員たちのモラルをも揺さぶる。ラットやラフォンテーヌが密かに手を染める所業はもちろん許されることではない。しかし彼らをそこまで追い詰めた構造を無視して、その結果だけ断罪することもできない。それはまた救急医療現場が、隊員個人のモラルに支えられた、危うく脆弱なものであることを示している。医療制度の崩壊は、それを必要とする人々だけでなく、それに携わる人々をも破壊しているのだ。
その点で、クロスの人間的な成長を示唆する本作の明るめな結末に、安易に希望を見出して良いものか戸惑う。個人の努力や資質には当然ながら限界があるからだ。彼らが背負っているのは悲惨な医療現場だけではない。それをもたらす犯罪率の高さや、ドラッグの蔓延、所得の格差、移民を過酷な環境に置く差別構造等、社会そのものの歪みをも背負っている。キリストは人々の罪をその身に負ったとされるが、神でもない隊員たちに同じことをさせるのはあまりに残酷だ。クロスの個人的な成長を喜ぶのは、それを矮小化することに他ならない。
ニューヨークの救急医療と現場の隊員たちについて描かれるのは、1999年の『救命士』(マーティン・スコセッシ監督)以来だという。20年以上の時を経てこの「地獄」が本作によって再び描かれ、問題提起されることの意義は、だからこそ小さくない。
(ライター 河島文成)
6月27日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開。
配給:キノフィルムズ
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