現代フランスの「カトリック・インフルエンサー」たち 田中浩喜 【宗教リテラシー向上委員会】

フランスではここ数年、カトリックの若手聖職者たちが、YouTube、Instagram、TikTokなどの若者向けSNSで活躍しており、「カトリック・インフルエンサー」と呼ばれている。有名どころを何人か挙げておくなら、例えばドミニコ会のポール=アドリアン・ダードマー修道士(1981年生まれ)は、2025年2月現在40万以上の登録者数を誇る人気ユーチューバーである。教義を分かりやすく解説した動画から宗教関連の時事ネタまで、熱心な信者でない視聴者にも広く訴えるコンテンツを発信している。

シュマンヌフ共同体のアルベルティーヌ・デュバケ修道女(1995年ごろ生まれ)はInstagramが本拠地で、26万近くのフォロワーをもつ。「修道女なんて何の役に立つの?」というショート動画で人気に火がつき、「修道女は恋できますか?」といった中高生の疑問に答えながら、自身や修道女の日常を明るく紹介している。こうしたカトリック・インフルエンサーは、コロナ禍が始まる2020年から増え出した。

若者の教会離れが憂慮されるフランスにおいて、SNS上の人気を集めるインフルエンサーたちにはカトリック教会もいくらか期待を寄せている。2024年にはポール=アドリアン修道士を司会に「クリスチャン・インフルエンサー・ナイト」が開催され、カトリック系放送局KTOが同時配信した。前教皇ベネディクト16世の言葉を使って、SNSは「福音宣教の新天地」であるという言い方もなされる。

だが問題もあった。「マチュー神父」として知られたマチュー・ジャスロン氏(1984年生まれ)は、圧倒的な人気を誇るカトリック・インフルエンサーだったが、TikTokに約120万人ものフォロワーを抱えながら2023年末にSNSを撤退。2024年には司祭職を辞した。きっかけはコンテンツの内容にあった。2021年の動画で「同性愛は宗教上の罪ではない」と発言し、教義上同性愛を認めていない教会側と対立。それからも教義に即さない言動が批判を呼び、ついにSNSからの撤退と辞任に至ったのである。

カトリック・インフルエンサーたちの存在は、フランスのカトリシズムを取り巻く状況の複雑さを物語る。そこには、一見すると相反する二つの力学が同時に働いている。

一方にあるのは「教会制度の弛緩」である。信仰の個人化は近代の基本的な流れだが、SNSはこれに拍車をかけている。ポール=アドリアン修道士のようにカトリックの教義に忠実なインフルエンサーもいれば、マチュー元神父のように教義を独自に再解釈して発信するインフルエンサーもいる。教会の管理の及ばないところで、個人化した信仰のあり方が拡散しうる状況が、SNSという軽いメディアを通して加速しているといえる。

他方には「教会制度の存続」がある。教会離れが起きているとしても、教会制度は確かに存在し続けている。個人化が進んでいるのは確かだが、現代の宗教形態は、制度的なものから個人的なものに「移行」しているというより、両者が「並行」している状態にある。こうした中では、マチュー元神父の一件が示すように、制度的な宗教形態と個人的な宗教形態には軋轢が生じることがある。

情報化時代において制度宗教はネットに拡散する宗教性を制御し続けることができるだろうか。若手宗教者がSNSで活躍するのはフランスのカトリシズムに限ったことではない。そうした「宗教インフルエンサー」たちは、情報化社会における「宗教」の可能性と困難を同時に体現しているのである。

田中浩喜(宗教情報リサーチセンター研究員)
たなか・ひろき 1992年奈良県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(PD)。論文に「現代フランスにおけるカトリシズムと社会規範――教会における性的虐待に関するソヴェ委員会報告書を読む」(『宗教研究』98(2)2024年)ほか。

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