教皇選挙(コンクラーベ)はバチカンのシスティーナ礼拝堂で執り行われる。全世界からの注目と干渉を遮断すべく厳戒態勢が敷かれ、参加する枢機卿たちは完全に隔離状態に。電子機器の使用も一切禁止される。13世紀に確立されたルールが今も厳守されるその秘密の空間は、それゆえ13世紀の風景であっても不思議でない。しかしその中世さながらの素朴さと静けさは、窓ガラスの振動を利用した盗聴まで完全に防ぐべく、最新のテクノロジーによって構築されている。
そこで行われるのは神聖な宗教儀式としての選挙ではない。候補者同士の政治的駆け引きであり、保守派と改革派の対立であり、有力候補者を蹴落とすための謀略の数々だ。「コンクラーベは戦争だ」と形容する枢機卿までいる。それゆえ選挙の執行責任を負う主席枢機卿のローレンスは、敬虔な信仰者でなく、容赦なく秘密を暴く探偵の役回りを担うことになる。その構図が本作を、緊迫感あふれる宗教ミステリーに仕上げている。
ある事件をきっかけに保守派と改革派が激しく対立する終盤の展開が、2024年の米大統領選を彷彿させる。カトリック教会の「復権」を謳い、排外主義を主張する保守派のテデスコ枢機卿が、大統領選に勝利したトランプと重なって見える。そして「テデスコを教皇にしてはならない」という改革派の枢機卿たちの切迫感は、トランプを退けたかったマイノリティたちの叫び声と重なる。
女性の聖職者を認めないカトリック教会を、エドワード・ベルガー監督は「世界最古の家父長制社会」と呼ぶ。確かにコンクラーベには真紅の法衣をまとった男性たちの姿しか見えない。重要な事柄を決めるのはいつも彼らなのだ。しかしコンクラーベが滞りなく行われるのは、名もなきシスターたちが見えない雑用の数々をこなし、枢機卿たちに仕えているからに他ならない。その非対称性に一矢報いるのが、枢機卿たちが宿泊する聖マルタの家の責任者、シスター・アグネス。彼女は言う。「女にも耳と口はあります」
彼女はローレンスの調査を陰で支えるだけでなく、重要な秘密を暴露しさえする。彼女なしにこの選挙が無事に終わることはなかっただろう。しかしながらシスター・アグネスの活躍で、シスターたちの地位が少しでも向上するわけではない。彼女はあくまでローレンスの予期せぬ補佐役であり、問題解決の誉れはすべてローレンスに帰すからだ。女性が男性の支配下に置かれたままであることに変わりはない。
© 2024 Conclave Distribution, LLC.
第97回アカデミー賞「脚色賞」の受賞で注目を浴びた本作。結末に明かされる新教皇の秘密は、カトリック教会にとって大きな衝撃だろう。これが現実なら大きな改革の一歩となるのは間違いない。しかしそれは同時に、高度に発展した現代科学の当然の要請でもある。過去の時代には判明していなかった人体の多様さ、複雑さ、男女の区別のあいまいさが、今は明らかになっているからだ。伝統的な聖書解釈に矛盾を生じさせ得るその事態に、教会はどう答えるのか。ローレンスの答えはもちろんフィクションだが、現実のカトリック教会がどう答えるのか大いに気になる。この結末は、本作の最もクィアな挑戦と言える。
しかし同時に、クィアな表象が最後のどんでん返しに使われることへの批判も免れないだろう。視聴者を驚かせ、衝撃を与えるために、(少なくとも現時点では)クィアな人々を利用すべきでないからだ。それは当事者を見世物にし、不安や恐怖を与えることになりかねない。その手法がカトリック教会の旧態依然な部分に物申す試みとしてインパクトがあるのは事実だが、他になかったのかと残念に思わざるを得ないのもまた事実。カトリック教会がクィアに開かれる未来は、果たして訪れるのだろうか。
(ライター 河島文成)
3月20日(木・休)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
© 2024 Conclave Distribution, LLC.
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