(1976年のクリスマス)
ひとりの嬰児が わたしたちのために生まれる。
わたしたちのために 男の子が与えられる。
その名は次のように呼ばれる。
[偉大なる指導者、力強い神、永遠に生きる父、
平和の君]と。
―― イザヤ書9章6節
少しおかしい 病気に駆られて
興奮しながら ギラギラとして 光に照らされ
またそれを わたしは行う。昨年と同じく、
今年も同じく。
商品棚に並んだ箱を 略奪するこの楽しさよ!
友達に見せてやろう!
「見ろよ 見ろ! これを
わたしが 手に入れたのだ!」
びりびりと 箱の包みを破り捨て
やがて気づく 全てのラベルが
嘘であることを。
どれもこれもが 石ころ そのもの。
わたしの心も石化して
「自分の背きと罪の中 そこでわたしも死ぬ」と
ある通りの 自分の姿。
光は遠く離れ去り、その内にわたしの目も慣れて
暗闇の中 うっすら見える 一つのギフト。
包装紙は「キリスト」とあり
リボンに輝く「御霊の色」の鮮やかさ。
救いの主は 様々に 名前を変えて
信じる心を形に与え
愛のラベルを張り付けている。
一つひとつの名前は全て 約束を伴っている。
一つひとつの約束が 今ここにある。
神の息吹が それを生み出す。
わたしはそれを 受け取ろう。
まさに今 救いの主が お生まれになった。ダビデの町に 「メシア」と呼ばれる救い主
あなたがずっと探していた方。赤ちゃんが毛布にくるまれ餌箱の中に眠っている。
―― ルカによる福音書2章11~12節
*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。