エレミヤは23年の間、たとえ何が起ころうとも、我慢することを決めたわけではない。エレミヤは毎朝、朝日と共に起床したのである。その日は神のものであり、人間のものではなかったからである。エレミヤは拒絶されることに直面するために目覚めるのではなく、神と出会うために起床したのである。エレミヤは新たに繰り返される嘲笑に耐えるために目覚めるのでなく、主と共にいるために起床したのである。ここに、彼の辛抱強い人生の秘訣がある。彼は「今この時」を、今後営々と歩み続ける長い道のりを恐れながら捉えるのではなく、目の前の一時、すべての一時を従順な喜びと、期待に満ちた希望を抱いて迎える。 ―― 「わたしの心は準備万端なのだ」と。
準備は整った。神よ、もう大丈夫。
準備万端となりました。
賛美に準備も
神を褒めた準備も
「目覚めよ、わが魂よ! 目覚めよ、竪琴よ!
目覚めよ、この愛する寝坊助!」
―― 詩編108編1~2節
*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。