バザーで地域に貢献 福田 哲 【地方からの挑戦~コレカラの信徒への手紙】

東京生まれ、東京育ち、都会の大きな教会で育った私は、地方教会に仕えることが主の召しであると受け止め、学長との面接で「何か希望はあるかね?」と聞かれ、「できるだけ東京から離してください」と答えました。翌週には秋田県の能代教会が示され、親類縁者もまったくいない思いがけない地域でしたが、かえって真っ白な気持ちで臨むことができました。

実習以外で東京から離れて生活したことがなかった私には、いろいろなことが新鮮でした。地域に溶け込むために町内会(自治会)にも顔を出そうと、初めての総会の時に不明確な会計を見て質問したのが災い(幸い?)となり、「役員に顧問として加わっていただけませんか?」 え……まだ20代の新卒の若造なのに? 何やら一目置かれてしまったようです。その後、能代には6年しかおりませんでしたが、町内会の役員を10年務めた者に記念品を贈るという規約を変えてまで記念品をいただけたのは、地域と良い関係ができていたのだろうと思います。

もう一つ、地域に良い証しとなったのは、大規模なバザーを行ったことでした。それまで、教会内で身内同士のミニバザーは行ったことがあったそうです。それを、開かれた教会をアピールするため、地域の福祉に貢献するため、献金することを目的に行うことにしました。教会員には想像もつかないものだったようですが、私には案がありました。出身教会の聖ヶ丘教会では毎年バザーを行っていました。人数も多い教会でしたので、かなりの献品がありました。それが会堂建築の工事をきっかけに中止していたので、皆さんが献品しようと思っていた物の受け皿になれるのではないかと思ったのです。そこで教会に趣旨をお伝えし、援助をお願いしました。

ある日のことです。外出中の私に宅配便から電話が入りました。「荷物が届いています」「ああ、いつもの所に置いておいてください」「そんな数じゃありませーん!」「え?」……大きな箱で17箱ありました。教会員や地域の方の献品もありましたので、部屋に収まりきらず、玄関の半分を箱が占めるという事態になりました。おかげさまで大盛況。かつてない売り上げを出し、地域に貢献することもできました。また、状態の良いものが多く、ブランド品のような掘り出し物があることが話題になり、開催の問い合わせをいただくほどになりました。

1回目のバザーが終わり、ぐったりしている教会員(ほとんど高齢者)に、「どうですか? 来年もやりますか? 2年に1回? オリンピックみたいに4年に1回くらいにします?」と聞いたところ、皆さんそろって「来年もやりましょう!」ということでした。人が来る! ということに皆さん手応えを感じたようです。売り切ることができなかった品物は、他教会のバザーにも用いていただきました。そうして、秋田地区の教会と東京の教会との橋渡しにもなりました。この関係は今でも続いているそうです。感謝です。

5年目のクリスマスを迎える前の週、思いがけない電話が入りました。他教会からの招聘の連絡でした。わずか5年。悩みました。しかも時期的に後任を決められない。待ってもらいたい。しかし、必要として声をかけてくださったこと、1年待ってでも招聘したいとの言葉に、東京を挟んで反対側に赴くことを決断しました。またもや、これまで縁がほとんどなかった四国の地、香川県の多度津教会に転任することになりました。

ふくだ・てつ 1975年東京都生まれ。8歳の時に交通事故で父を失い、お受験戦争に巻き込まれ家計を助けるため国立を目指すもなぜか青山学院中等部のみ合格。そこでキリスト教と出会う。日本基督教団能代教会、多度津教会を経て、2016年より香川豊島教会と香川直島伝道所を兼務、23年より内海教会を代務。丸亀少女の家(女子少年院)教誨師も務める。

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