台湾の選挙に見る若者世代クリスチャンの新動向 藤野陽平 【この世界の片隅から】

台湾の総統と立法委員の選挙が1月13日に行われた。各種メディアの伝える通り、与党民進党の頼清徳候補と野党第一党国民党の侯友宜候補、野党第二党民衆党の柯文哲候補による三つ巴の戦いで、頼清徳候補が当選したが、民進党は立法院で目標としていた過半数を確保できなかった。なお、副総統に決まった蕭美琴は元台南神学院院長蕭清芬の娘であり、台湾基督長老教会(以下、長老教会)の信徒である。

最大の争点は対中関係だったが、与党は台湾重視、野党は中国との関係改善を訴えつつも、いずれも極端な主張は避けて現状維持を訴え両者の間には以前のようにはっきりとした対立軸は見られず、ひまわり運動が影響した2016年の選挙、香港の逃亡犯条例改正案反対デモが影響した2020年の選挙と比べて盛り上がりに欠けた印象だ。

一石を投じたのが民衆党柯文哲候補で、民進党でも国民党でもない第三極の必要性を訴え、30代以下の若者を中心に支持を集めた。投票結果をみても立法院で民進党、国民党のいずれも過半数を取れなかったため、民衆党はキャスティングボートを握ることに成功した。

民進党の開票を見守る人々

では、今回の選挙においてキリスト教界はどうだったのか。これまで本連載で紹介してきたように、台湾のプロテスタントは使用する言語によって台湾語教会と中国語教会に分かれ対立していた。主に長老教会が該当する台湾語教会は本省人と呼ばれる戦前から台湾に暮らしていた漢人が多く、台湾独立志向が強く、民進党を支持する人が多かった。一方、長老教会以外の大多数の教派が該当する中国語教会は外省人と呼ばれる戦後中国大陸から台湾に移住した人が多く、中国との統一を志向し、国民党を支持する人が多かった。

しかし、近年、若者を中心に従来の対立構造が崩れつつある。台湾語を重視してきた長老教会であったが、第一言語は中国語で、台湾語は分からない若者が増加しているため、中国語礼拝を取り入れる教会が増えている。当然、以前に比べ台湾語による台湾人意識は希薄になる。

中国語教会も中国語以外の言語を取り入れている。例えば台湾で年々教勢を拡大している台北霊糧堂は1月27、28日に台湾最大の礼拝堂、霊糧山荘のリニューアルの献堂式を行った際のことである。周巽正主任牧師はイザヤ書56章7節の「私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」という箇所を引いて、台北霊糧堂はこれまで中国語教会とみなされてきたが、中国語の他にも台湾語、客家語、インドネシア語、英語、タガログ語、ベトナム語の礼拝、スペイン語、日本語、広東語のフェローシップやセルグループによる11の言語の集会があることについて触れ、中国語にこだわらない立場を鮮明にしている。選挙の翌日の霊糧堂の礼拝では、台湾重視の新総統のために祈る時間が設けられ、態度の軟化は明確である。

国民党の選挙事務所に集まった人々

この台湾語教会と中国語教会における新しい傾向はいずれも若い世代において顕著だ。二大政党制の争いに嫌気がさしている若者世代が第三極の民衆党柯文哲候補に流れたのと同一の動きである。30代以下の若者世代は2014年に起きたひまわり運動の際に学生だった世代でもある。新しい世代の台頭は台湾社会に、また、それと連動する台湾のキリスト教に、今後どのような影響を及ぼしていくのだろうか。

藤野陽平
 ふじの・ようへい 1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員等を経て、現在、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学――社会的文脈と癒しの実践』(風響社)。専門は宗教人類学。

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