アルバイトを始めることにしました。子どもたちの進学のために資金が必要だと考えたからです。9時から17時の間は本職に力を使いたいし、夕方以降はこどもたちが帰宅するので家にいたい。そんな事情から早朝にできるバイトを探すことにしました。教会の役員会の了承を得て、ハローワークに向かいました。そうして見つけたのが「豆腐の配送」でした。教会の近所にある老舗の豆腐屋さんの豆腐、油揚げ、こんにゃくなどをスーパーや学校へと届けるという仕事です。冷蔵庫付きの軽トラに乗って2時間くらい。山や街を駆け回って配送しています。
夏の朝は高原の風が気持ちよく、秋には山裾の雲の中を走ります。冬は雪景色の氷道をゆっくりと。梅雨時に空を横切る虹を見た時はとても感動しました。開店前のスーパーで早朝から働く人たちに出会い、各地域の小学校・中学校に登校してくる子どもたちを眺めていると、この地に息づくこの方々に仕えていく働きを神さまから委ねられていることを改めて実感します。
何よりも、この配達中の2時間は無心になれるのがありがたいです。家にいると、あれやこれやとしなければならないことに追われるような気持ちで動き回ってしまうことがよくあります。しかし、運転はしていても車中に拘束され、他に何もできない状態に置かれると、不思議と落ち着いて考え事ができるのです。「説教黙想」などと言えば上等なのですが、次週の礼拝で読まれる聖書箇所などを頭の中で反芻しながら、何となく遠くの山々を眺めていると、なかなかに素敵な発想が与えられます。会衆のみなさんがどのように感じているかは分かりませんが、少なくとも私自身は、このバイトを始めてからの説教は机の上でひねり出したものよりも、のびのびと柔らかくなったような気がしています。
さて、結果として今のところ、アルバイトをするという選択はおおむね正解であったと私には思えます。しかし一方で、私がこのような選択をしたこと、せざるを得なかったことは、地方に遣わされた牧師たちが抱える一つの困難な問題に起因しているように思います。それは、「教育格差(学力格差)」の問題です。近ごろは文部科学省も経済格差と教育格差の関係について指摘しています。世帯の収入状況によって、子どもの学力に差が生まれているというのです。そしてこの学力の差はダイレクトに生涯年収などにも影響を与えます。
我が家には塾に行かせるお金がない、大学に行かせる余裕がない。こういった各世帯の経済的事情だけが原因ではありません。地方によっては、そもそも塾がない。大学もない。大学に進学するための十分な教育をしてくれる高校がないのです。教育的資源が充実している都会に住む子どもたちと、地方に住むこどもたちは渡り合っていかなければなりません。
牧師である私は、確かな召命と覚悟をもってどんな地域にも遣わされていきたいと思っています。しかし、その巻き添えになるように子どもたちが自分の望む進路を選択できないという事態になれば、心が痛みます。4人のこどもたちが、どのような進路を選択するかはまだ分かりませんが、私は親としてできる限りの備えをしてあげたいと考えています。
井上 創
いのうえ・はじめ 1976年東京生まれ。明治学院大学、ルーテル学院大学、同志社大学神学部神学研究科卒業後、千葉教会、武蔵野扶桑教会、霊南坂教会を経て、現在、日本基督教団富士見高原教会牧師。趣味は漫画。