今年もイスラーム映画祭が開催される。2月からゴールデンウィークへかけて東京、名古屋、神戸と移りゆく流れも恒例となって久しい。上映14作のラインナップはいつも通りに広範囲を抑えながら、これまでより若干明るさを増した通奏低音が聴きとれる。上映環境を大いに混乱させたコロナ禍後の未来への、薄明ながらも素朴な希望がそこには込められているようでもある。
例年通り、映画祭主宰の藤本高之さんへインタビューを行った。席数の半減や会期の変更等、苦渋の決断を度々迫られたコロナ禍の数年中でも、急激な円安を伴う今年は最も厳しいと藤本さんは言う。注目作の紹介を皮切りに、以下本映画祭の見どころを概観したい。
8年目を迎える今回の目玉作を特に挙げるとすれば、シリア映画『太陽の男たち』とチュニジア映画『マリアムと犬ども』になる。『太陽の男たち』は、1948年のイスラエル建国に伴うナクバ(大災厄)により難民化したパレスチナの男3人による逃避行を描く傑作文学が、1972年に映画化されたもの。原作者であるパレスチナ文学の巨人ガッサーン・カナファーニーの知名度に反して、本作が日本で一般上映される機会は極めて稀だ。
一方『マリアムと犬ども』は、〝アラブの春〟後の2012年に起きた警察官による強姦と、病院での診察拒否を含む二次加害模様を描く。チュニジアはアフリカ北岸に並ぶイスラーム諸国の中ではかなり開明的な土地柄が知られるだけに、その闇の深さがかえって際立つ。本作を撮った女性監督カウサル・ビン・ハニーヤは、自らの全身の皮膚を現代アート化することで渡航ビザを得る難民の男を主人公とする『皮膚を売った男』が、昨冬日本公開されたことも記憶に新しい。
このように、過去日本国内で商業公開された作品の監督他作がしばしば上映される点でも貴重な本映画祭だが、その意味で今回目立つのは〝僕を生んだ罪〟で実親を訴えた貧困少年を描く『存在のない子供たち』で脚光を浴びたレバノンのナディーン・ラバキーによる出世作『キャラメル』と、代表作『私たちはどこへ行くの?』のアンコール上映だ。小さな村での宗教的宥和と分断を主題とするレバノンの質実なドキュメンタリー『そこにとどまる人々』がラバキー両作と同日上映される日が設定されなど、本映画祭は日程的にもよく練られた構成となっている。
他にもアルジェリア出身でロマの血を引き、『ガッジョ・ディーロ』『モンド』などでカルト的な人気をもつトニー・ガトリフ監督作『愛より強い旅』(“EXILES”)や、イラン映画の巨匠モフセン・マフマルバフの作品に幼少時より出演し、自身すでに4本の長編を監督している長女サミラ・マフマルバフによる3作目『午後の五時』も日本では現状稀な上映機会となる。妹のハナ・マフマルバフ監督作『子供の情景』が昨年の「イスラーム映画祭7」で上映されたことは記憶に新しいが、こうした細やかな連続性の企図も、個人の企画運営で継続されてきた本映画祭ならではと言える。
また異色作としては、韓国人少女とバングラデシュ人青年の邂逅を通し、日本でいう技能実習生制度の韓国版のような状況を映す『わたしはバンドゥビ』(以前の邦題は『僕たちはバンドゥビ』)や、LGBTとアラブ社会との交接を扱う『陽の届かない場所で』の日本初上映がある。フランスのムスリム移民生活を描く『ファーティマの詩』は、根深い移民/難民問題がそのまま映画ジャンルと化したいわゆる〝郊外映画(Le cinéma de banlieue)〟からの本映画祭初上映作となる。
関連の研究者やジャーナリスト、演奏家らを招くゲストトークや、上映作をめぐるアーカイヴ出版も例年通りの充実ぶりだ。コロナ禍による数年の閉塞を経て円安由来の上映権料高騰と受難つづきのイスラーム映画祭だが、その当初から掲げられてきた目標の一つ「10回開催」の達成が、いよいよ視野に入ってきた。
(ライター 藤本徹)
《イスラーム映画祭8》
公式サイト:http://islamicff.com/index.html
・渋谷ユーロスペース 2月18日(土)~24日(金)
・名古屋シネマテーク 3月予定
・神戸・元町映画館 4月29日(土)~5月5日(金)
【関連過去記事】
【本稿筆者による上映作品および言及関連作品ツイート】
《イスラーム映画祭8》@islamicff上映全作スレッド始めます。
2/18~GW東京/名古屋/神戸の順で開催。
今年は明る目トーンが基調、パレスチナ傑作文学の映画化作、アラブの春後のチュニジア作、🇫🇷郊外映画初登場、ラバキー/サミラ・マフマルバフもやるよ!
🇱🇧3/🇯🇴/🇸🇾/🇮🇷/🇹🇳2/🇲🇦2/🇹🇷🇧🇬/🇫🇷2/🇰🇷14作上映 https://t.co/0KVPlxNIG5 pic.twitter.com/JCXOpztsJL
— pherim (@pherim) February 10, 2023
『長い旅』
息子「なぜ飛行機では駄目なんだ」
父「海の水は天に昇るまでゆっくりと清められる。巡礼も同じだ。飛行機よりも列車が、列車よりも車がいい。お前の祖父は徒歩で旅立った。俺は毎日丘に登って父の帰りを待った。巡礼から戻る父の姿を最初に見たかったからだ」https://t.co/fzH0YtQhxj pic.twitter.com/4DLdV6lDCb
— pherim (@pherim) April 15, 2021
『ソフィアの願い』🇲🇦
主人公ソフィアが予期せず破水、
病院へ駆け込むが婚外子出産は収監対象。そこで繰り出す彼女の狡知が凄まじく、
二転三転する真相に家族親族続々卒倒。カサブランカの格差/下町描写も興味深く、
各々の立場で機転利かせる女達の逞しさ、
演じる役者の巧さに惚れ惚れする。 pic.twitter.com/zevNMtXlvV— pherim (@pherim) March 10, 2022
『存在のない子供たち』のナディーン・ラバキー監督。2011年の第2作『私たちはどこに行くの?』ではご自身の出演を知らずに観て、群舞中央で異様な存在感放つこの姐御何者!?って目が喰いつきっぱなしでした。『存在のない子供たち』でも少年を守る女性弁護士を好演、ガチ綺麗。https://t.co/ytFJfHyAh8 pic.twitter.com/9F67UO1tHt
— pherim (@pherim) July 24, 2019
『存在のない子供たち』
レバノン、自分を生んだ罪で両親を訴える12歳の少年。そこへと至る道のりで少年は怒り絶望し、遁走し無慈悲を知り諦観する。癒えない困窮、難民や不法移民の逼塞、児童婚の実態、映像は流転する。母としてアラブ人としての誇りを賭した監督ナディーン・ラバキーの咆哮を聞け。 pic.twitter.com/56R2esFNxp— pherim (@pherim) July 16, 2019
本作からは、《紛争地域から生まれた演劇9》の『朝のライラック(ダーイシュ時代の死について)』公演で来日したパレスチナ人演出家ガンナーム・ガンナームによる、師匠ガッサーン・カナファーニーやハイファにおけるアラブ人追放を巡る自身の経験を交えた熱い語りが想起された。https://t.co/LmWPkrHEIm
— pherim (@pherim) March 14, 2019
『パンと植木鉢』“A Moment of Innocence” 🇮🇷1996
モフセン・マフマルバフが17歳時、王政打倒に共鳴し警官を襲った事件を、20年後に警官本人と再現。
路地を使う演出の端正な巧さ。革命への失望とその後の亡命生活を想うに、パンと植木鉢が交錯するラストカットへ込められた願いの痛切さに眩暈する。 https://t.co/bjTU6SCkPY pic.twitter.com/E2T1SYL8fS
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『子供の情景』🇮🇷🇦🇫(2007)
爆破後のバーミヤン石仏を前に繰り広げられる、
子供らによる容赦なき大人の政治風刺劇。不良少年たちの蛮行が暗示するタリバン描写のみへ留まらない懐深さに父モフセンの影も色濃い、次女ハナ・マフマルバフ19歳時の初監督作。青空学校場面よき。https://t.co/dX8wZ6x2G2 pic.twitter.com/DO5rHtAebl
— pherim (@pherim) April 29, 2022
『ガッジョ・ディーロ』“Gadjo Dilo” 🇫🇷🇷🇴1997
幻の歌姫を探す青年が、
ロマの村で味わう渾沌そして飛翔。ロマの血引くトニー・ガトリフによるカルト作。ローナ・ハートナー💃以外は村人全員ロマ人の貫徹と、主演ロマン・デュリスの軽さが活きる。
父が遺したカセットテープから展開する沸騰宇宙。 https://t.co/9UxMkC73Rj pic.twitter.com/WOf1DjTScT
— pherim (@pherim) February 11, 2023