知能に重い障がいを持つ人たちが共に生活をする支援施設、止揚学園(滋賀県東近江市)園長の福井生(ふくい・いくる)さん。その初めてとなる著書『あたたかい生命(いのち)と温かいいのち』(いのちのことば社)の出版記念講演会が8月26日、日本基督教団・銀座教会・東京福音センター(東京都中央区)で開催され、約120人が集まった。
止揚学園は、1962年に福井さんの父親である達雨(たつう)さんによって創立され、2015年から次男の生さんが後を継いで園長となった。福井さんは66年に同学園で生まれ、知能に重い障がいを持つ仲間たちと共に育った。
その中でも福井さんを「ルーちゃん」と呼び、姉のように面倒を見てくれたのが純奈さんだ。しかし、ある時から「お兄さん」と呼び方が変わった。福井さんは何か寂しさを感じながらも、「これからは自分が純奈さんを守って、寄り添っていかなければいけない」と思うようになったという。福井さんは同志社大学神学部を卒業後、東京の出版社に勤めていたが、92年に学園に職員として戻ってきたのは、それも一つのきっかけだった。
その後、福井さんに再び転機が訪れる。純奈さんに悪性腫瘍が見つかったのだ。末期の純奈さんに最高の思い出を作ってあげたいと、学園の仲間と一緒に三重県の鳥羽温泉に行った。みんなで足湯に浸かっているとき、純奈さんに嬉しそうな顔で「絶対に治るね」と言われたが、「そやな、絶対治るで」としか答えることができなかった。それを聞いた純奈さんは、言葉を素直に受け止め、「やったー、ありがとう」と逆に福井さんを元気づけてくれたという。
そして死の間際にも、「神様は本当に優しいです。だから、純奈さんのことを守ってくださっています」とお祈りをすると、純奈さんは穏やかな優しい顔でウンウンとうなずいてくれた。それまで、「知能に重い障がいを持つ純奈さんを自分が支えていくんだ」とずっと思っていたが、「その時、その考えは間違っていたことに気づきました」と告白する。
「純奈さんが私を『お兄さん』と呼んだ時、『私には重い障がいがある。生さんにはない。あなたはこれからどういう生き方をするの』と、もう子ども同士ではないことを教えてくれました。また、足湯に浸かりながら、『やったー、ありがとう』と言ってくれた時も、死ぬ間際にうなずいてくれた時も、本当に私を信頼して、私の気持ちを分かってくれていたのです。純奈さんは私にとって立派なお姉さんであり、立派な人間でした。そのことがはっきり分かった時、これからは、純奈さんがしてくれたように、すべての人を信じて、信頼して生きていこうと思ったのです」
そして最後に、次のように締めくくった。
「無駄な命はありません。すべてが尊く輝いています。このことを気づかせてくれたのが、知能に重い障害のある人たち、この社会で弱い立場に立たされている人たちでした。
すべての命は温かい。でも、一つだけだと、すぐに冷たくなってしまいます。寄り添い、抱き合って、みんなで命を温め合えることを願っています。
祈りは、あきらめではなく希望です。現実から目を背けず、生き生きと歩いていくための希望です。私たちはこの社会を信じて、心の深いところでみんなが祈っていることを思って歩いていくのです。いつまでも触れていたい温かい命と共に」
講演会に参加した30代の女性は、次のように感想を語った。「お話を聞けてよかったです。『支えていたと思っていたのが、実は支えられていた』という言葉が心に残りました」
銀座教会・東京福音センター・ギャラリー・ピスティス(中央区銀座4-2-1)では、「止揚学園ぬくもり作品展──生き生きといのちを生きる仲間たちより」も開催されている。2日(日)まで。入場無料。