偲ぶ会を終えたその夜──。
名倉家ではいつもの光景が繰り広げられていた。
子供たちと風呂に入っている謙作。
そこに真沙子が希香(ききょう)を抱いていく。
「希香ちゃん、お父さんだよ」
「お兄ちゃんだよ」
「ぼくもおにいしゃんだよ」
真沙子は3人に睨(にら)みをきかせる。
「おもちゃじゃないんだから、取り合っちゃ駄目よ」
やがて「希香ちゃん、上がるよ!」という謙作の声で、タオルを広げた真沙子が迎えにいく。
希香の体を手早く拭くと、おしめをし、服を着せ、水分をやった後、母乳を飲ませる。
そのうち子供たちが風呂から上がってくる。
「おなかしゅいた」
「晩ごはん何?」
真沙子が「ハンバーグ」と答えると、「やった!」と二人の歓声が上がった。
夕食のあとは絵本の読み聞かせである。
この役割は謙作が引き受けていた。
「今夜は何にしようかな」
「おとーしゃん、これ読んで」
翔が持ってきたのは「かぐや姫」であった。
真沙子が図書館から借りたもので、読むのは初めてである。
「友樹もこれでいい?」
「うん」
「じゃあ、始めるよ」
子供たちは謙作の両側から絵本に見入った。
「昔、昔、あるところに……」
おじいさんが竹やぶに入っていくと、竹のひとつが光っていました。不思議に思って近づくと、竹の中に赤ちゃんがいました。
竹から生まれた女の子。
子供がいなかったおじいさんとおばあさんは大喜び。かぐや姫と名づけて、大切に育てました。
やがて、年ごろになったかぐや姫は、月を眺めて、ため息をつきます。
絵本に描かれたかぐや姫は、かぐわしい花のようだった。
「ふじさきしぇんしぇいに似てる」
翔がつぶやいた。
「本当だ。似てる」
友樹も小さく相づちを打っている。
──たしかに似ている。
謙作は胸が熱くなった。
憧れるように月を見つめている横顔。
懐かしさに月を見上げて涙を流している姿。
「──こうしてかぐや姫は、月に帰っていきました」
読み終わると、子供たちが口々に尋ねてきた。
「藤崎先生も月に帰っていったの?」
「ふじさきしぇんしぇいはお姫さまなの?」
謙作は友樹と翔を両腕に抱き寄せた。
「藤崎先生は月に帰ったんじゃなく、天国に行ったんだよ」
謙作の声は夢見る人のようだった。
「でも、先生はかぐや姫みたいに綺麗で優しかったから、もしかしたら月から来たお姫さまだったかもしれないね」
絵本の中のかぐや姫が、月の中でほほえんでいた。(つづく)