今日11月12日は島尾敏雄の帰天日。日本文学大賞などをとった代表作『死の棘』は、小栗康平監督が映画化してカンヌ国際映画祭でもグランプリを受賞しました。このタイトルは、「死のとげは罪であり、罪の力は律法です」(1コリント15:56)から取られています。
横浜市生まれですが、関東大震災のため神戸に引っ越し、小学校のころプロテスタント教会の日曜学校に通っていました。加計呂麻(かけろま)島に特攻隊指揮官として駐屯中にミホと出会い、戦後、結婚。
しかし、夫の浮気を知ったミホが精神に異常をきたし、病気療養のため、妻の実家のある奄美大島に移住します。その翌年の1956年12月、奄美のカトリック名瀬聖心(みこころ)教会で二人の子どもと共に洗礼を受けました(洗礼名ペトロ)。ミホは生後1週間で幼児洗礼を受けており、カトリック信徒だった夫人の親戚に勧められたのです。
『死の棘』を執筆した旧居の庭にある文学碑には、島尾の直筆で「病める葦も折らず、けぶる燈心も消さない」とイザヤ書42章3節の言葉が刻まれています。