東京・世田谷にある上馬キリスト教会のTwitterから誕生した『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』(講談社)が、2018年11月の発売以来10刷を突破しました。ここまで宗教色を前面に出した書籍が大手出版社から発刊され、電子書籍含めて2万部超を売り上げるのは、異例といってもいいのではないでしょうか。
今回は、この本の仕掛け人となった出版プロデューサー・遠山怜(とおやま・れい)さんにヒットの裏側についてお話をうかがいました。
――出版プロデューサーとはどんなお仕事ですか?
遠山 いわゆる“芸能事務所”を想像してもらうとわかりやすいかもしれません。作家さんは、書く能力はあっても自分から売り込むことや、マーケティングが苦手な方が多いので、私たちエージェントが間に入り、営業代行などのサポートを行っています。
アメリカでは国土が広いこともあり一般的なのですが、日本ではまだまだ業務として請け負っている会社は少数です。
――いまのお話からするとマネージャーさんのようなイメージなんですが、書き手の発掘も仕事の一つですか?
遠山 もちろん、そうです。書き手を見つけ出すところから、出版社への売り込み、一緒に企画を立てたり、迷っていたら一緒に方向性を考えたり……。
自分から企画を持ち込む方もいらっしゃいますし、大賞を取ったけれど次に何を書いたらいいかわからないなど、さまざまな相談に応じています。
――企画や方向性を考えるのは、編集さんの仕事だと思っていました。
遠山 昔はそうでしたね。書籍の編集以外にも作家を見出し、励まし、育成するのが編集者の仕事だったと思います。今は出版業界も縮小し、編集者の方も売るためにやることが幅広くなったため業務量も増え、一人ひとりの作家にかける時間も少なくなりました。昔と同じようなやり方ができるのは、よほど大きな出版社か、有名な文芸賞を受賞した作家さんくらいじゃないでしょうか。
――新しい作家さんはどうやって発掘するんですか?
遠山 いろいろな方法があると思いますが、私の場合はインターネットですね。Twitterやnoteをはじめ、いろいろなWebメディアで掲載されている記事など、常にアンテナを張って探しています。
――上馬キリスト教会のTwitterを見出したのも遠山さんだと伺いました。
遠山 前の職場で働いていた頃から上馬キリスト教会のTwitterをチェックしていて、この方の本を作りたいなと思っていたんです。“まじめ担当”として呟いているMAROさんの文章は、教会ホームページのコラムや他のWeb媒体でも読んでいたので、この方は自分でネタを持っているし、書く能力があると思っていました。
なので出版プロデューサーになってから1か月でお声をかけさせていただきました。
――す、すごい。ちなみに、遠山さんはキリスト教徒ではないんですよね?
遠山 はい、違います。
私がお声をかけたとき、MAROさんはちょうどほかの版元に断られてしまって出版社を探しているというタイミングだったそうで「神様の導き」と言われましたが、私としては「たまたま」という感覚でした(笑)。
――まあ、そうですよね。(笑)でも、キリスト教に対してちょっと腰が引けてしまったりはしなかったでしょうか。日本人は特に、宗教を敬遠しがちだと思うんですが。
遠山 まったくありません。私自身は面白ければなんでもやります(笑)。
ただ、中には宗教関連はちょっと……と断られる出版社さんもあります。“せかゆる”も結果としては高い評価を得ていますが、「そんな本、出しても誰にも読まれないよ」という声があったことも事実です。
――うわぁ……。失礼ですが、心が折れたりはしないですか?
遠山 いいえ、まったく。というのも、私はこの人に可能性がある、と信じているからです。世の中にはいろんな出版社があって、いろんなことに対して興味を持つ編集者がいますからね。
――かっこいい! 遠山さんは今、どれくらいの数の作家さんを担当されているんでしょう。
遠山 2、30人くらいです。
――それぞれの相談に乗ったり、企画書を作って売り込んだり、一方で新しい作家さんを探したり……想像するだけで目が回りそうです。出版プロデューサーにとって必要な素質ってありますか?
遠山 いろんな局面においていろんな能力が求められる仕事ではあるのですが……大きく3つあると思います。
1つ目は、作家を見る目があること。
2つ目は、日頃からどの編集者がどんなことに対して興味を持っているか、ヒアリングして把握しておくこと。私はすべて記録しています。
3つ目は、マーケティング能力。いまどんな本が受けていて、出版社がどんな本を売りたがっているのか、売れる要素を知っておくこと。本の売れ筋には一定の周期があるので、Amazonランキングや書店を頻繁にチェックするなど、情報のインプットも重要です。
――営業力も必要ですよね。
遠山 もちろん。すべての人は基本的に、自分のことを自分で売り込むのは苦手ですから。
私が担当している作家さんによく言うのは「宣伝しないことが一番の宣伝」という言葉です。しつこく「買ってください」と言われて買う人はいませんよね。
――確かに! それから、ファッションやメイクのトレンドと同じように、本の売れ方にも周期があるんですね。今はどんな本が売れていますか?
遠山 コロナ禍以降、リフレクション(内省)系の本の売れ行きがいいようです。転職やリモートワーク関連の本、自分探し系の本など。精神的に不安定になっている方も増えているので、メンタルケアに関連する本も需要があります。
――なるほど。時代が反映されていますね。確かに、自分探しやメンタルヘルス関連の本は周期的に流行るような気がします。これから遠山さんが手がけてみたいテーマはありますか?
遠山 フェミニズムやジェンダー問題が一般化してきたことで、ようやく“男性の生きづらさ”についても語られるようになってきました。こうした人の生きづらさを言語化してみたいなと思っているのですが、テーマに合わせて作家さんを探すのはなかなか難しいところですね。
――多岐に渡るお仕事の中で、どんなことが一番大変ですか?
遠山 一番厳しいのは、作家さんの書きたいものと、読み手の求めているものがずれているときです。
――あぁ……。そういう時はどうされるんでしょう。
遠山 自費出版であれば好きなことを書いていただいていいかと思いますが、私たちがやっていることはあくまでも商業出版ですから、読者が求めているものを書かなくてはなりません。
お気持ちは汲みつつも、客観的な視点から意見を伝えたり、なぜその企画ではだめなのか、作家さん自身が考えるための情報をお渡しすることもあります。
――売れる本をつくる秘訣って、ありますか?
遠山 それはやっぱり、読者のニーズに応えることです。
ジャンルを問わず、その道の専門家に聞いてみたいことってありますよね。
例えばクリスチャンの方だったら、ノンクリスチャンの方から聞かれる質問の中にヒントがあると思います。だから、本を出したいと思われたら、ノンクリスチャンとたくさん接点を持ったほうがいいですね。
――壇上から大勢の人に向けて、一方的に説教をするのとはわけが違いますしね。
遠山 そうですね。キリスト教にはイエス様の教えを伝える、つまり「与える」という前提があると思うんです。
他の宗教と比べては怒られてしまうかもしれませんが、仏教はまったく逆で、「聞く」ことをとても大切にしているんですね。
ただ一方的に伝えるのではなく、SNSの質問箱のように「気軽に相談して! なんでもお応えします!」というスタンスでいれば、ネタは向こうからやってくるはずです。
――キリスト教メディアを運営する上でもすごく勉強になります。最後に、読者へメッセージをお願いします。
遠山 本を出したい方やセルフブランディングの方法、企画の立て方等々、出版関連でお悩みのことがあれば、お気軽にご相談ください!
――貴重なお話をありがとうございました!
〈プロフィール〉
遠山怜(とおやま・れい)
作家を支えるエージェント業のほか、橘みつ『レズ風俗で働くわたしが他人の人生に本気でぶつかってきた話』(河出書房新社)などノンフィクションライターとしても活躍。Twitterやnoteでは創作のノウハウやメンタリティについて発信中。
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