聖書をささやく「ASMRキリスト教会」 〝日本の陰キャを救う〟ITエンジニアの覚悟 管理者・菅野契さんインタビュー

昨今、若年層の間で人気を集める「ASMR」。「Autonomous Sensory Meridian Response」の略で、直訳すると「自律感覚絶頂反応」だが、「聴覚や視覚への刺激によって感じる心地良い感覚」を指す。この「ASMR」を通じて伝道するYouTube上の仮想〝教会〟がある。その名も「ASMRキリスト教会」(https://www.youtube.com/@asmrchurch)。「教養としてキリスト教を学びたい人にも最適! メンタルの回復にも!」と掲げ、プロの声優がささやくような美声で聖書を1章ずつひたすら朗読するという動画「聖書ASMR」を配信する。

 「暗いニュースが飛び交うそんなポイズンな時代だけど、辛くなったとき、聖書を思い出してくれ」という挑戦的な煽り文句とは裏腹に、概要欄には「当教会は福音派(カルヴァン派)の信仰をベースにした教会」「『聖書』という看板で(特に駅前)危険な宗教に巻き込む事例が相当多くみられるので勧誘してくるものについては、よく注意してください」など、ガチ感をにおわせる記述も散見される。一体誰が、何の目的で? 「中の人」にひと目会いたいと、運営する株式会社スガノワークスの事務所を訪ねた。

〝見なきゃいけないのは外側〟
登録者数7000超 
「どの教会に行けば?」との問い合わせも

「じーざすAI」同様、他業種からの新規参入かと思いきや、立ち上げた張本人である同社代表の菅野契(すがの・けい)さんは、長老派系の単立教会で育ったいわゆる「2世」。自身は「社会不適合者」という自覚があり、周囲が普通にできることを普通にできず、常に生きにくさを覚えていた。保守的な牧師の父への反発もあり、20代で教会を離れ、〝世俗〟にまみれる生活が続いた。漫画、作曲、プログラミングなど、幅広く手掛けるITエンジニアとしての業績を重ねる一方、中国人クリスチャンとの結婚、札幌インマヌエル教会の蔦田康毅(つただ・やすき)牧師との出会いで、それまでの信仰観が覆された。

「熱心に聖書を読んでいたころは、他人を裁いてばかりいましたが、みんな同じ罪人だと考えられるようになって楽になりました。その後、大きな転機が立て続き、さすがに神はいると思えて諦めました」と、その遍歴を振り返る。

2022年、安倍晋三元首相の銃撃事件以降、統一協会、エホバの証人を含め、「聖書」と謳いながらイエス・キリスト以外を神とするような新宗教の動向に危機感を抱いた。カルト的な教団は積極的に若者へアプローチしているのに対し、既存の教会はタコツボ化して訴求力が低すぎる。

クリスチャンしか分からない言語で会話し、対外的なアピールもクリスチャンにしか通じない世界観のみ。「律法も大事ですが、一番大事なのは愛だと思うんですよ。救いがなく裁きしかなければ、今後も教会に来る人が増えることは難しい。お行儀の良いやり方で若者へ届けるのは不可能だと悟りました」と菅野さん。

そこで、すでに仕事で関わりのあったASMRの活用に乗り出す。すでに聖書とASMRの融合という試みはいくつかあったが、聖書を1章ごとに分け、すべての文字を字幕化し、ネットなどで協力を募り40以上の声(声優)のバリエーションを確保。もともと口伝で受け継がれた聖書を読んで聞かせるという意味では、オーソドックスでトラディショナルな手法だ。地道に動画をアップし続けた結果、コスプレ界のインフルエンサーや海外メディアにも注目され、開設から1年足らずで登録者数は7000を超えた。実在する教会でいえば、メガチャーチの規模。

「やっていることは口語訳聖書を一言一句変えず、右から左に横流ししているだけですが、インターフェース(情報技術)を若者向けに変えることで、紙で読むには抵抗があるという人にも聞いてもらえます。徹底的に〝ふざける〟ことでハードルは限りなく下げる。その意味で、プロのナレーターが読む聖書朗読とはまったく違います」

現在は、株式会社スガノワークスの一プロジェクトとして稼働しているため営利を追求すべきところだが、当面は本業で得た収入を投じつつ「社会にインパクトを与える」「みんなを幸せにする」ことにコミットしたいという。外側(ガワ)はネタだが中身はガチ。

とりわけ〝陰キャ〟と呼ばれるオタク層に刺さるコピーとサムネイルの画像作成には、生成AIの力も借りて趣向を凝らす。「R18」的な手法への批判は甘んじて受けるが、「神様の言葉を伝えている」という確信がある。

続けるうちに、ユーザーからのフィードバックで、求められていることが何かを理解できるようにもなった。「『聖書ASMR』を聞いて神様に感謝を述べるため教会に行きたい。どの教会に行けばいいですか?」との問い合わせも来るようになり、いいかげんなことは言えないと覚悟を決めた。当初の思惑とは違う形で用いられるという点は、「じーざすAI」とも共通している。目下の課題は、興味をもった人が安心して行ける教会側の受け皿がないこと。伝統的な既存の教会にも生き残ってもらう必要がある。

潜在的な「悩み」にAIが答える 「じーざすAI」開発者 糀屋総一朗さんインタビュー 2024年3月21日

「やりたいことは正しい聖書を使って神様のことをとにかくたくさん知ってもらうこと。『あれはダメ』『これはダメ』と言って縛りたがる人が見ているのは、教会の内側なんですよ。見なきゃいけないのは外側にいる人々じゃないですか。外から教会の門をたたいてくる人は救われたくて来ているので、その人たちに救いを提供するために、分かりやすく伝える必要がある。その努力がなければ、まるで婚活で『僕は服も髪型も、何も変えないけど、誰か僕の良さを分かってくれる人がこの世にいるはず』と言い募っているようなもの。それでは当然、相手は見つかりません。浮世離れして『象牙の塔』にこもるのは、教会の怠慢です」

*全文は5月21日付本紙に掲載。電子版(PDF)は以下のnoteでも購読可能。

https://note.com/macchan1109/n/ncaf85aee9250

現在は、ASMRで読んでもらうための牧師や信徒による証しも募集中。応募は特設フォーム(https://bit.ly/4asCp2Y)から。

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