「宣教師ザビエルは群雄割拠真っただ中の日本へと降り立った。待ち受けるは数多の戦乱、迫害……暴力に次ぐ暴力。種々の文化摩擦を一身に引き受ける、急先鋒たる彼の拠りどころはただ一つ、磨き上げた己が肉体。これは通訳者アンジロウを伴った2年余の旅路を記す、戦国異譚」
イエズス会を創設したフランシスコ・ザビエル(1506~1552年)。宗教改革者ルターと同様、社会の授業で誰もが一度はその名を学ぶ歴史上の偉人。ローマ教皇の特使として1542年にインドのゴアに到着し、南アジア各地で宣教活動を展開した後、鹿児島にたどり着いた。日本で初めてキリスト教を布教したとされる、最も著名な宣教師でありながら、その実像は謎に包まれている。NHKの大河ドラマを含め、主役として物語に登場する機会は案外少ない。
はるばる日本にたどり着いたザビエルは、なぜ言語も技術もままならない中、異国の地で布教に専心できたのか。当時の人々に、その姿はどう映ったのか。今年8月から連載をスタートした漫画『鉄腕ザビエル』は、これまでにない大胆な解釈でそれらの謎に迫る。
「リスペクト忘れず、史実に基づいて」
『聖☆おにいさん』の切り拓いた功績大きい
本作のザビエルは、普段は温厚ながら、いざとなればイエスのように水面を歩き、容赦なく眼前の敵をなぎ倒す。目にも止まらぬ速さと人並外れた身体能力の持ち主。イエズス会が当時、正統派のフランシスコ会からも批判されるような尖った武闘派集団だったとの説に着想を得た。
書き手は、本作が商業誌デビューとなる漫画家の美谷尤(ゆう)さん。大学で中世ヨーロッパ史を専攻するゼミに所属し、ドイツへの留学中には、フランス、イタリアまで足を延ばして教会や城を巡った。教会建築そのものが、聖書の物語を体現していることに感銘を受けた。当時の体験や撮影した風景が、その後の作品に活かされるとは夢にも思わなかった。
趣味で絵を描くことはあったが、職業として漫画家を目指したのは2019年。浅野いにお、左藤真通といったプロのもとで、アシスタントをしながら修業を積んだ。新人賞に応募した作品が編集者の目にとまり、アプリ媒体での連載というチャンスをつかんだ。
当初は真面目な歴史漫画を考えていたが、ネームを練る中、無名の漫画家が作品を読んでもらうためには何らかの「引き」が必要との理由から、〝鉄腕〟の設定と方向性が決まった。
「リスペクトを忘れず、ユーモアも交えながら、あくまで史実に基づいた漫画にしたい」と話す美谷さん。保育園がキリスト教系だったものの、その他に接点はほとんどなく、日本の教会にもまだ足を踏み入れたことはない。作中に登場するカトリックの「霊操」もいずれ体験したいと願う。
同じイエズス会士のルイス・フロイスが書き残した『日本史』や書簡など、日本語で読める関連史料は限られている。その分、想像力を膨らませる余地もある。
既存のザビエル像は覆したいとの思いから、有名な肖像画のイメージからあえて離れ、髪型や髪色、服装、メガネもオリジナリティにこだわった。女性読者もやや意識したキャラ造形。世代、性別を問わない近年の傾向も考慮しつつ、バトル要素も重視している。ソーシャルゲームで歴史や神話に親しむ層との親和性も期待できそうだ。
担当編集の鍵田真在哉(まさや)さんは、宗教に知見のない素人の目線から奇抜な発想の提案を心がける。巷ではデリケートな領域とされる宗教をテーマとする上で、抵抗はなかったのか。
「中村光さんの『聖☆おにいさん』(同じ講談社刊)が切り拓いた功績は大きいです。連載を始めるにあたって同作の編集者にアドバイスを求めたところ、『想像よりも関係者は寛容』という助言をもらいました」と意外な答え。単行本の推薦コメントも中村さんが快諾してくれた。
*イエズス会 片柳弘史神父による激励コメントを含め、全文は本紙2023年12月25日付に掲載。
『鉄腕ザビエル』は講談社のマンガWEB &アプリ「コミックDAYS」で連載中(隔週月曜更新)。単行本1巻は1月10日発売。
美谷尤
みたに・ゆう 1997年生まれ。第81回ちばてつや賞一般部門にて『終わる世界とセンターマイク』が奨励賞を受賞。「コミックDAYS」連載作『鉄腕ザビエル』が初連載となる。