昨今の国際情勢が、漸々と、混沌としていくように見える中、中国都市部の若者たちが言語化できない漠然とした不安を抱えている。それは、ある種の虚無感と言ってもよいのかもしれない。情報が瞬時に拡散される現代社会において、それがいかに統制されているものであったとしても、若者は敏感に反応し、日々の営みのあらゆるところで、さまざまな形態を通して、その心境を露呈している。
この若者の憂慮を如実に表している「行動」が今、顕在化しつつある。それが「宝くじ」だという。道ばたの小さな店舗で気軽に購入できるということもあってか、最近では特に若い層の人たちが列をなして、しかもひんぱんに買いに来ているという。都市部で長年、青少年たちを見守ってきたあるキリスト者の姉妹は言う。「今の社会、さまざまな心配事がある。将来も嘱望されない。結婚したいと願っても、出会うチャンスすら稀有になってしまった。将来と世界に対する不安と不満があって、それをどう処理したらよいのか分からなくなっている人が増えていると思う。今は経済力もそこそこついてきた若い人が増え、だからこそ、宝くじも一つのストレス発散の手段。そして、未来に活路を見出す方法として捉えられているのではないか」
彼女が言うには、若者がある程度の自由と希望を得つつあったところから、今では物価高と経済不況、そして戦争などの不安定な国際情勢によって、その不安をどう克服しようかと、もがいているのではないかというわけだ。
もしかするとこれは社会のゆがみと人々の心の状態を可視化している現象なのかもしれない。皆、将来に対する懸念を少しでも払拭させようと、躍起になっているのかもしれない。以前、本欄でも取り上げた「寝そべり族」なる若者が一時急増したのも、生き続けること自体に疲労と倦怠を覚える若者たちが逓増していることを、我々に示しているのかもしれない。
そうした現象を危惧してなのか、今秋、興味深いテレビ番組の放映が始まった。今年11月2日付でThe Economist誌にも取り上げられた「当馬克思遇見孔夫子(マルクスが孔子と出会う時)」という斬新なタイトルの番組である。青少年向けに作成されたもので、優しくかつユーモラスに、マルクスと儒教の代表格である孔子の教えを説き、現代中国社会においてこの二つの思想が融合され浸透されることを目的としているようである。十数名の目を輝かせた生徒たちが聞き入っている様子を映し出したり、古代の服装をまとったマルクスや、スーツを身に着けた孔子の絵を紹介したりと、斬新である。
中国では小学校から大学に至るまで、道徳教育としての政治思想教育が必修となっている。中国共産党創立100周年となった2021年には、こうした思想教育を強化するための政策が矢継ぎ早に施行された。マルクス主義理論はもちろんのこと、中国の歴代指導者たちが掲げた政治哲学を学ぶことで、社会のモラルを高めようと意図されているようである。現主席の習近平氏も「習近平新時代中国特色社会主義思想(通称「習近平思想」)」なるものを打ち出した。政治思想教育を通して、若者たちの「心」の問題を解決させようと意図されているのかもしれない。
前述の姉妹は述べる。「このような時代だからこそ、教会がもっと積極的にキリストの福音を語り、キリストによって変えられたという証しを大胆に可視化して伝えていかなければ」。その彼女が所属する家庭教会は、今年、新たに二つの教会を開拓している。眼前の人々の声を傾聴し、主なる神を指し示す努力をする。ただそれだけを行っているのだという。粛々と、自分たちのできるところから。その熱い眼差しは我々の心をも燃え立たせるのではないだろうか。
遠山 潔
とおやま・きよし 1974年千葉県生まれ。中国での教会の発展と変遷に興味を持ち、約20年が経過。この間、さまざまな形で中国大陸事情についての研究に携わる。国内外で神学及び中国哲学を学び修士号を取得。現在博士課程在籍中。