1年半の在籍期間中、複数回にわたる性被害にあったことを告白した元ジャニーズJr.の二本樹顕理さん。渡米後に日本人クリスチャンやゴスペルとの出会いから洗礼を受けたことも打ち明け、現在は同様の性被害をなくすため事務所に対し、誠実な対応を訴え続けている。実名、顔出しでの証言に踏み切った理由などについて話を聞いた。
学校や教会も無縁ではない
〝「福音の光」照らし一歩踏み込まないと〟
教育熱心な父親との間には、幼いころから確執があった。敷かれたレールから逃れたいとの思いもあり、芸能や音楽などアートへの道を志し、10代で劇団に所属したが、日の目を見ることはほとんどなかった。しかし、幸運にもジャニーズ事務所に移籍した途端、テレビ出演などの大きな仕事が決まり、圧倒的な事務所の力の差を思い知らされた。初舞台は、人気絶頂だったアイドルグループ「KinKi Kids」の横浜アリーナコンサート。
宿泊先のホテルで初めて社長の喜多川擴(ジャニー喜多川)氏による性被害にあったのは、それから間もなくのこと。当時13歳だった。まだ自身の経験を明確に「性被害」と認識するには及ばなかったが、自分の意志とは無関係に、彼のコントロール下に置かれたことは自覚できた。その後も10回ほど繰り返されたが、翌朝には決まって1万円を渡された。
「(喜多川氏による行為は)ジュニアの間では常態化していて、受け入れて当たり前という雰囲気がありました。もっとエスカレートした行為をされて、より高額のお金をもらったことを武勇伝のように話す人もいました」
二本樹さんによれば、被害者の総数は4桁に上るのではないかという。同氏の小児性愛的な行為は、レッスン場でも日常的に行われていた。現社長の藤島ジュリー景子氏をはじめ、スタッフが知らないはずがない。
結局、1年半ほどで退所した。人間不信に陥り、10代前半で喫煙を始め、10代後半になるころには依存症、うつ病に悩まされた。次第に学業も疎かになり、寂しさや孤独を紛らわすように、週末はクラブ通いを続けた。大学では奨学金まで剥奪された。沸き上がる希死念慮との葛藤も、一度や二度ではない。文字通り、どん底だった。
「一歩間違えば、どこかでのたれ死んでいてもおかしくないような生活でした。今でこそ、教育の仕事に携わっていますが、真っ暗な人生を歩んでいた当時の私は、とても誰かの模範になれるような人間ではありませんでした」
留学した渡米先での出会いが転機となった。同じ学校に通うクリスチャンの先輩に誘われた聖書研究会に所属し、聖書を読み進める中で、もし神が存在せず、目的をもって人間を創造したのでなければ、人生の目的などないと思えた。同じころ、メル・ギブソン監督の映画『パッション』を見て、イエス・キリストが人間の罪のために十字架にかかり復活したという福音書の物語が、ビジュアルを通して直に体感できた。キリストのように他者に仕え、他者の必要に応えていくことが与えられた使命だということも理解し、そんな生き方がしたいと思った。6カ月の準備期間を経て、21歳で受洗した。
ほどなくして二本樹さんの心境に変化が訪れた。「そこからだんだんと人生が変えられていきました。素晴らしい教会やクリスチャンの方々との出会いに導かれ、神の栄光を表現する音楽をやりたいと思うようになり、次第にゴスペル音楽を演奏するようになりました」
世界的に活躍する海外のゴスペルアーティストと共演する機会にも恵まれた。後に両親とも和解できたのも、クリスチャンになったからだと振り返る。
退所から二十数年。これまで限られた友人以外に、性被害の事実を打ち明けることはなかった。こんな巨大な闇が放置されていいはずがないと思いつつも、音楽家としてのキャリアやプライベートを犠牲にしてまで矢面に立つつもりなどなかった。文春からの取材も、当初は匿名を条件に引き受けた。
しかし、実名での告白に踏み切った背景には、塾講師時代の体験があった。「教えていたクラスに、まったく反応してくれない小学校高学年の女の子がいたんです。よくよく理由を聞いたら、学校の男性と話せなくなったというんです。誰にも言えない苦しみは私も身に覚えがあったので、たとえようのない憤りを感じました」
あらゆる性被害が社会からなくなってほしい。そのためにも、すでに実名で訴え始めた元メンバーを応援しなければと覚悟を決めた。当初、裁判などは想定していなかったが、現時点での事務所の対応を見る限り、集団訴訟もやむを得ないとの思いに変わりつつあるという。
社長が直々に動画でコメントしたことは一定、前進と評価しつつも、「『知らなかった』という発言は腑に落ちません。組織ぐるみで隠ぺいされていたと思っている被害者は多いと思います。事務所が今後も存続するためには、過去の清算が必要です。相応の社会的な制裁を受けなければ変われないのではないでしょうか」。ジャニーズ事務所が変わることで、芸能界全体へのけん制にもつながるのではないかとの期待もある。
ファン有志の「PENLIGHT」(ジャニーズ事務所の性加害を明らかにする会)が呼び掛けた署名活動には、2カ月足らずで約4万筆の賛同が寄せられた。「被害者の声に耳を傾ける」「第三者委員会等を設置し性加害の検証・実態調査を行う」「事実を認め謝罪する」「被害者がトラウマの影響から回復するために適切な支援を行う」「再発防止措置を具体的に定め、実行する」という同署名が求めた5点には、二本樹さんも同意する。
告発後、多くの反響が寄せられたが、思いの外ほとんどは肯定的で、中には性被害にあったことを告白するものもあった。「身近なクリスチャンの方も応援してくださる方が多いです。力をもった指導者が権威を振りかざして弱い立場の人を虐げてしまうという問題は、学校も教会も無縁ではありません。カトリック司祭による性虐待が問題になっていますが、プロテスタントでも一部には牧師や教会の批判を許さないという風潮があるので、あらゆる組織でセルフチェックが不可欠だと思います」
さらに、同じクリスチャンにも関心を持ってほしいと訴える。「教会のコミュニティは浮世離れしがちで、『世俗は堕落しているから仕方がない』などを理由に社会の問題に関心が薄れがちですが、私たちが狭い世界だけに留まって、『福音の光』を照らして一歩踏み込まなければ、社会はいつまでも変わりません。今回、その使命ははっきりと示されていると思います」
今回、急きょ撮影したインタビュー動画の再生数は公開3日目で8万回を超えた。100件以上寄せられたコメントも「声を上げるのが『恥』という文化は……加害者を野放しにして、被害者をより増やすことにつながると思います」「過去を清算しないままこの問題の解決はありえないと思います。第三者委員会が設置されないのであれば集団訴訟に踏み切ってください」など、多くが二本樹さんを応援するものばかり。
メディア露出が増えてから、旧来の友人・知人からも連絡があった。直接、誹謗中傷を受けることもなく、ほとんどが好意的な反応で救われたと安堵する一方、「かわいそうな被害者像」を求められることにも違和感を抱いてきた。
結婚し、昨年には子どもも生まれた。将来的にはゴスペルの本場アメリカで、もう一度腕試しがしたいと願っている。「今は本当に幸せです」と語る笑顔が印象に残った。(本紙・松谷信司)
にほんぎ・あきまさ ジャニーズJr.としての芸能活動を経て、16歳で渡米。ギタリストとしてレコード会社ユニバーサルポリドールと契約し、メジャーデビューした経験を持つ。バンド解散後は、バークリー音楽院パフォーマンス科に進学。ゴスペル・ミュージックに出会い、衝撃を受ける。2004年帰国以降は国内外のアーティストとの共演などを含む、ライブサポートやレコーディング、楽曲提供や音楽講師として活動中。マスタードシードクリスチャン教会所属。FGBMFI(フルゴスペル・ビジネスマン・フェローシップ・インターナショナル)ジャパン理事。