毎日が発見と冒険の連続で、それが子どもであるということだった。
この春休みにこの物語を観たことを、ずっと記憶する子はたくさんいるよねと思わせる。『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』の鑑賞体験は、そうした感想や想起がふとよぎる風変わりなものとなった。
魔法の国で、子どもたちは日々お城の学校へ通い魔法の勉学に励んでいる。おっちょこちょいで失敗ばかりの“らくだい魔女”フウカもそのひとりだ。本作は、160万部を超えるベストセラーの児童文学書「らくだい魔女」シリーズ(作:成田サトコ 絵:千野えなが/ポプラ社刊)を原作とする映画化作品で、城の地下に封印された「闇の魔女」を意図せず解放してしまうことから物語が幕を開ける。
まず驚かされたのは、ふだん観ている映画との演出上の隔たりだった。たとえばフウカたち登場人物の会話が、説明ゼリフと感嘆詞ばかりで構成されることに、ほとんど拒否反応が生じない。置かれた状況や物語背景を人物が不自然に口で語る説明ゼリフの過多は、日本の商業映画が構造的に長らく抱える稚拙な欠陥で、韓流やハリウッド映画との溝が深まる一因でもあるのだが、本作では短所に映らない。むしろ6歳時に観たら自分もきっと、ここから広大なファンタジーの未知領域を初めて予感しただろうと想わせる、練られた巧さが感覚される。
考えてみればシェイクスピアもギリシア悲劇も、すべてを言葉で説明してしまう。それは近世以前の舞台装置が素朴だったゆえだが、『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』からもそれに似た演出上の必然がみてとれる。両親との半径2メートル時空から、永遠にも思える学校世界へ突入した勇者たちにはまだ、アニメ文法やファンタジー世界をめぐる剣と魔法の知識が揃っていない。だからたとえ映像で語れることでも、まずは言葉で説明し切ることが正解なのだという学び。
ちなみにいま「両親との半径2メートル時空」と書いたけれど、言うまでもなくこれは「育ててくれる保護者の大人」を意図していて、ポリティカル・コレクトネスが叫ばれる昨今そこを安直に「両親」と表現する筆者の愚さえ、周到に配慮された本作はもちろん冒さない。主人公は本編のみでは詳細不明ながら「父の不在」を生きており、その不在を闇の魔女に利用され、闇の魔女の策謀を跳ね返すことで成長をみせるくだりさえ登場する。
この、毎日が未知領域の探索で埋められる幼少期の興奮を描く『らくだい魔女』に対して、人生の終わりを見据えるのがドキュメンタリー映画『ケアを紡いで』だ。27歳でステージ4の舌癌を患った看護師の鈴木ゆずなさんと周りの人々の織りなす、相互に思いやりの深き日々。
ゆずなさんは残りの時を、意識はする。静かに見据える。焦らない。なにごとにも、できるだけ朗らかに。思いのこすことなく、したいことはするのだと旅へ出る。恐れない。できるだけ穏やかに。変化を受け入れる。たくさん笑う。
15歳から30歳代までの、医療支援制度の薄い谷間世代、いわゆる“AYA(Adolescent and Young Adult)”世代の苦境を社会的背景として、ひとりの女性の旅立ちを濃密に捉える本作を撮ったのは、大宮浩一監督と田中圭撮影のコンビだ。ふたりは2019年にも山形の離島、飛島の暮らしを撮る『島にて』で共同監督を担っている。過疎高齢化のもと「戻って来るな」と教育されたが戻ってきた若者らのまとう清々しい空気感を映す肌理のこまやかな手つきは、『ケアを紡いで』でも十全と活かされた。
無数の割れた鏡が散乱する暗闇を、主人公がさまよい歩く場面がある。縦長の巨大な鏡の破片へ、等身大の自身が映り込む。縦長の鏡面は、どこか巨大なスマホ画面を想わせる。『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』の中盤、闇の魔女の術中に嵌まる場面だ。鏡に映る友人たちには、自分のいない場所で自分の陰口を叩かれている。闇の魔女がみせるその幻影におびえるフウカの姿は、〝学校裏サイト〟やSNS上の評価に汲々とする現代っ子を想わせる。情報技術の発展に伴い、手元のスマホから誰もが発信の容易な今日にあっては、他者からの評価と自己の欲望の狭間で人の精神はたやすく逼塞の無限地獄へ陥りうる。
この暗闇と極めて鮮やかなコントラストを描くのが、『ケアを紡いで』において鈴木ゆずなさんがみせる姿勢だ。人の病や死に近い、看護師という仕事を選んだ人柄ゆえの決断ということもあるのだろう。症状が進行する自身を撮る映画という提案を受け入れ、ごく自然に振る舞うゆずなさんが映像のうちで醸しだす軽やかさには、この社会という荒野を生き抜く上で意義深い問題提起が含まれているように思われる。割れた鏡の破片はそこらじゅうで日々抜け目なく、人々の心を映しだしている。この社会を生きるということもまた、半径2メートル時空に始まった発見と冒険の物語のつづきであることを、大人になった私たちはどうにも忘れがちなのだ。
(ライター 藤本徹)
『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』
公式サイト:https://anime-rakumajo.com/
2023年3月31日(金)より全国劇場公開
『ケアを紡いで』
公式サイト:https://care-tsumuide.com/
2023年4月1日(土)より東京・ポレポレ東中野、4月8日(土)より大阪・第七藝術劇場、4月14日(金)より京都・京都シネマほか全国順次公開
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【本稿筆者による言及作品別ツイート】
『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』🧹
風変わりな鑑賞体験。この春休みにこの物語を観たことを、ずっと記憶する子はいるよねと思わせる。
たとえば会話が説明ゼリフと感嘆詞だけでも嫌な気はしない。むしろ6歳時に観たらきっと、広大なファンタジーの未知領域を初めて予感するという、練られた巧さ。 pic.twitter.com/O2POzoQOYa
— pherim (@pherim) March 26, 2023
『ケアを紡いで』
27歳で癌を患った看護師のゆずなさんと
周りの人々の、思い深き日々。残りの時を意識はする。焦らない。朗らかに。旅に出る。恐れない。穏やかに。受け入れる。笑う。
成人前でも中高年でもない、医療支援の薄い谷間“AYA世代”を背景に、『島にて』の監督撮影組が紡ぐ時間の充溢。 https://t.co/aSS003VEBR pic.twitter.com/oz0xjwSf1B
— pherim (@pherim) March 27, 2023
『島にて』
山形の離島、飛島の暮らしを撮るドキュメンタリー。過疎高齢化のもと、若い移住者や“戻って来るな”と教育されたが戻ってきた若者らの纏うしなやかな空気感が清々しい。失われゆく伝統、なお息づく風習、明日への眼差し。積み重なる時の厚みを解きほぐす手つきの一つ一つが細やかな質実作。 pic.twitter.com/EfckqypWmt— pherim (@pherim) April 30, 2020
©成田サトコ・千野えなが・ポプラ社/アニメ「らくだい魔女」製作委員会