「ユダヤ人はできることならロシアを離れるべきだ」――この厳しい警告を発したのは、モスクワの前首席ラビであるピンチャス・ゴールドシュミット氏。2022年の年の瀬のことだ。30年の任期を終え、ウクライナ侵攻の2週間後に退任した彼は、後にロシア政府から「イスラエルに帰還しないのであれば」戦争を支持するよう圧力をかけられたと明かした。「クリスチャニティ・トゥデイ」が報じた。
歴史の研究者である彼は、政府が「大衆の怒りと不満の矛先を変えよう」として、ユダヤ人が再びスケープ・ゴートになることを恐れている。現在イスラエルにいるゴールドシュミット氏は、1年前の戦争開始以来、4万1813人(イスラエル議会発表)のロシア在住ユダヤ人移民に加えられてきたという。イスラエルの移民相は、現在60万人のロシア人に資格があると述べている。
しかし、2010年の国勢調査によると、ロシアのユダヤ人は15万6000人しかいない。この矛盾は、ヘブライ語で「遡及」を意味する「アリヤー」の概念に由来するもので、イスラエルは少なくとも1人のユダヤ人の祖父母を持ち、他の宗教に改宗していない人に、自動的にユダヤ人としての市民権を与える。新政権の連立協定では、これらの移民が宗教法の下で資格を得られるよう帰還法を改正し、異種婚姻を減らすことが盛り込まれ、議論を呼んでいる。昨年の戦争による移民の70%以上は、正統派の法律ではユダヤ人とはみなされないと、アリヤー統合大臣は述べている。
多くの場合、メシアニック・ジューは不適格とされ、その地位が争われる。しかし、昨年9月の第7回ロシア語圏ユダヤ人メシアニック指導者世界会議では、シオンへの帰還は「祝福」であると明言している。唯一の争点は、それが「戒め」でもあるのかどうかということだった。
ロシア系ユダヤ人だけが志願者ではない。「帰還作戦」がウクライナと近隣諸国に18の援助センターを開設したため、1万3490人のウクライナ系ユダヤ人もイスラエルに移住しているという。さらに1990人のユダヤ人がベラルーシから移住してきた。2020年の調査では、ウクライナのユダヤ人は4万3000人で、ヨーロッパ最大のユダヤ人コミュニティの一つとなっているが、アリヤーの対象となる人は20万人に上る可能性がある。
5000人がイエスをメシアとして崇拝していると推定される。そのうち、約1000人がドイツに渡り、地域社会と二重の関係を築いている。「アリヤーは、ある種の帰郷である」とベイト・サー・シャローム(イエスをメシアとするユダヤ人を支援するミニストリー)のエグゼクティブディレクター、ウラジミール・ピクマン氏は言う。「しかし、イスラエルに行けという直接的な戒めはないと思う」
ベルリンを中心とする彼の団体は、ヨーロッパ最大のメシアニック・ジューの団体である。ヘブライ語で「平和の王子の家」と訳され、ウクライナのユダヤ人と、同様に異邦人の避難所として、翻訳、後方支援、トラウマケアのカウンセリングを提供してきた。彼らは、イエスの信者を含む、避難したユダヤ人の特別なニーズを優先した。メシアニック・ジューの指導者たちは、彼らの礼拝スタイルや神学に共鳴する非ユダヤ人の会員が多いため、人数について注意を促している。しかし、キーウ(キエフ)は地域の中心地であり、最大2000人の信者を擁するヨーロッパ最大の会堂を誇っていた。
キーウに住むユダヤ人の多くは、伝統的にロシア語を話し、半数がロシア語を母国語としていた。しかし現在、その数は20%に留まっている。ウクライナのユダヤ人大統領ヴォロディミル・ゼレンスキーのように、ロシアに反抗し、ウクライナ語へ切り替えているからだ。
しかし、ロシア語を話すメシアニック・ジューの信徒は世界中に存在する。「Chosen People Ministries(選びの民のミニストリー)」 (CPM)は、旧ソ連諸国に少なくとも75、その他のディアスポラ(世界中に離散したユダヤ人)に100、そしてイスラエルに少なくとも60を数える。
ピクマン氏によると、戦争はコミュニティを分裂させたという。多くは、この戦争について議論しないことに同意している。また会議では、自国の紛争が海外で紛争を引き起こすことのないよう決議した。代表者の多くはウクライナからで、ロシア人の多くはビザを取得できなかった。しかし、ロシアの信徒の大半は戦争に反対しておらず、ウクライナ人との溝は深刻だという。
ドイツのメシアニック・ジューは、自分たちでは分裂しているが、すべての人を歓迎していると述べた。ピクマン氏はこの会議で、あえて挑発的に、イスラエルが苦しむユダヤ人にとって必須の避難所であるとの考え方に優るものとして、自国(ドイツ)を引き合いに出した。現代の国民国家は確かに一つの終末的兆候であり、彼は終末の時が近いと楽観視している。しかし、イスラエルという国家が存続し、アブラハムの子孫たち(ユダヤ人)が再び散らされないという保証はどこにもない。
ピクマン氏は14年前、イスラエルに渡り、アリヤーのアイデアを探った。しかし、神はすぐに「ノー」と答えられたという。ピクマン氏は、移住を個人の決断ととらえ、移住する人たちと喜びを分かち合っている。しかし、パウロがエルサレムに留まるように召されなかったように、一般的なユダヤ人、特にメシアニック・ジューには、国々への使命がある。
イスラエルは地政学的な支援を必要としているのだ、と彼は言う。そして、すべての人が福音を必要としている。「神が望む場所にいることは、常に祝福に満ちている。しかし、神の意志を離れてアリヤーを行うことは間違っている」
その証明責任はイスラエル国外にいる人々にあると、ある指導者は言う。イスラエル第三の港湾都市ハイファにあるシャバイ・シオン・ミニストリーの創設者でディレクターのレオン・マジン氏は、アメリカ、カナダ、ヨーロッパにいるユダヤ人には「シオンに目を向け、考え、行動などの方向性を向けるように」と「非常におどおど」語りかけることになるだろうと言った。しかし、彼はウクライナ人にはそのようなアドバイスをすることを「声を大にして言える」と言う。「すでにディアスポラ(離散の地)から追放された人たちは、約束の地(イスラエル)に行くべきだ。別のディアスポラに行く必要はない」
マジン氏自身も含め、彼の信徒の6割は旧ソ連からイスラエルに渡ってきた。1990年以来、100万人のロシア語を話すユダヤ人を受け入れてきたイスラエルのメシアニック・ジュー社会全体にも、同じ比率が当てはまると指摘する人もいる。ソ連の無神論の遺産が、多くのユダヤ人、特に聖職にないユダヤ人の聖書知識を阻害していることを彼は見出した。
彼の組織の名前である「Return to Zion(シオンへ帰れ)」は、聖書のダイナミズムに基づいて、アリヤーの重要性を信じていることを表している。マジン氏は、創世記12章の「神がアブラハムに言った言葉、『レヒ・レヒア――あなたの先祖の土地に行きなさい』は取り消されていない」と最初の命令を引用している。彼は、ディアスポラに留まることが「ある種の天職」である人がいることを理解している。「しかし、大多数は故郷に帰るべきだ」
使徒の時代には、イスラエルの最大30%がナザレから来たイエスの教えを守っていたという。しかし、現在では0.2%以下だ。マジン氏は、ヘブライ語でイエスを意味するイエシュア「Yeshua」を用いて、「私たちは伝道するというよりも、Yeshuaの名前を回復させる必要がある」と述べた。イスラエルにおけるメシアニック・ジューに対する迫害が減少し、イスラエルでメシアニック信者になることが数十年前よりずっと容易になったことに感謝している。
「バビロン捕囚の時代には、たった4万2000人しか帰還しなかった。このことは、多くの人にとって、ディアスポラの方が簡単で良いということを示している。しかし、神のみ言葉には『エジプト(囚われの地)から脱出せよ』と書かれている」
米国に拠点を置くロシア語圏のメシアニック・ジュー信徒協会会長のボリス・ゴールディン氏は、神の戒めとして捉えていることに従うことにおいて、努力している。「遅かれ早かれ、望むと望まざるとにかかわらず、私たちは皆、戻るべきだ。しかし、私はそれを、真実に即して行いたいのだ」
キーウで共産主義者の父のもとに生まれた一般的ユダヤ人だった彼は、1989年に米国に移住し、2年後にイエスをメシアと信じる信仰を持つようになった。しかし彼は若いころユダヤ人であることを理由に叩かれた。ウクライナの反ユダヤ主義はまだ完全に払拭されておらず、71歳の彼はそれを目の当たりにしている。
現在、ゴールディン氏はフロリダでフェローシップを主宰しているが、CPMのカントリーディレクターとして毎年4~6カ月をウクライナで過ごしている。この組織は戦後、一握りのメシアニック・ジュー女性のアリヤーを支援し、資金援助や東ヨーロッパでのコネクションを提供してきた。しかし、手続きはイスラエルと個別に行われ、煩雑さを避けるため、ある人は自分が一般的なユダヤ人であると言った。
ゴールディン氏は、新連立政権がメシアニック・ジューのアリヤー申請をどう扱うかを知ることは時期尚早であり、多くは現地の関係者に依存すると述べた。しかし彼はこの6年間、このプロセスを研究し、イエシュア(イエス)を否定しないことを強く意識してきた。彼は、ロシアやウクライナを離れる人は、できればイスラエルに行くべきだとの意見に同意している。しかし、ディアスポラにいる人たちは、必ずしも罪の中にいるわけではない。約束の地に帰れという神の戒めを熟知しながらも、霊的に居場所を失った人々に忠実に仕えたラビの長い伝統がある。
「メシアニック・ジューは今日、どこにいても同じことをしなければならない」とゴールディン氏。
もう一人の指導者は、テルアビブで生まれ、米国に移住してきた。彼は、ユダヤ人が故郷に帰らなければならないという意見に強く反対している。「イスラエルはユダヤ人の祖国であり、すべてのユダヤ人が歓迎され、自由を感じるべき場所だ」と、Jews for Jesus(JFJ=イエスをメシアと信じるユダヤ人の団体組織)の最高執行責任者であるダン・セレッド氏は言う。「しかし、この質問の答えは、神の導きにどう従うかを決める、個人によるものだ」
10代でイスラエルを離れ、アメリカでイエスに出会った彼は、2000年にJFJの宣教師として戻り、後にテルアビブの組織事務所を率いた。現在はニュージャージーでグローバル・ミニストリーを統括しており、ロシア人やウクライナ人を受け入れることで、シオンはディアスポラユダヤ人の「安住の天国」としての目的を果たすことができるという。
エルサレム神学校の運営責任者であるアリエル・ルドルフ氏は、「彼らに選択肢はない」と言う。「信者として、あるいはユダヤ人として、世界的な迫害を受けると、イスラエルに行かざるを得なくなるのだ」
いくつかの点で、それはますます必要性を増している。1993年に南アフリカから移住した彼は、アリヤーをすることは祝福であると考えている。しかし、それはすべての人のためではないし、うまくいかない人もいる。しかし、この国にとっては、エゼキエル書の「枯れた骨の谷の復活」(エゼキエル書37章)が成就したのである。
ウクライナのホロコースト生存者の子孫であるマイケル・ジン氏は、「涙の預言者」(エレミヤ)に言及している。「これはユダヤ人移住の『狩猟段階』である」と、CPMのナショナルディレクターはエレミヤ書16章16節を引きながら語った。「神が最終的に自分の民をイスラエルに戻すことを望んでいることは間違いない」
この解釈は、ユダヤ人をメシアに導く「漁師 」と、彼らを強制的に帰還させる「狩人」を対比している。両者とも悪意ある行為者であるとする説もある。しかし、その前の節では、神がユダヤ人を土地に帰すことを語っているが、次の節では、彼らの不従順に対する罰という文脈で語られている。
「クリスチャニティ・トゥデイ」がインタビューした指導者たちは、終末論についてさまざまな見解を持っているが、全員が神に選ばれた人々が最後に集うことを予期している。問題はその時期である。ピクマン氏は、ディアスポラでの生活は海外生活と同じだという。「回復」は、イエスに立ち返るユダヤ人としての我々の国民的悔い改めに付随している。「『出張』もいいけれど、帰ってくる方がもっといい」
(翻訳協力=中山信之)