現在、イスラエルの人口は900万人強で、そのうちユダヤ人は75%を占めている。イスラエルは建国以来、祖父母の1人がユダヤ人であれば「新帰還者」と呼ばれる移民として国籍を与える政策をとってきた。正統派のユダヤ宗教法では母親がユダヤ人、もしくはユダヤ教に改宗した人のみがユダヤ人と認められるので、祖父母の1人、あるいは父親だけがユダヤ人の場合はユダヤ人ではないと考えられる。このため「新帰還者」の中には、非ユダヤ人も含まれることになる。
1980年代後半のペレストロイカ以降、旧ソビエト連邦の国々から約100万人が移民してきた。彼らが来てからイスラエルでロシア語を聞いたり目にしたりする機会が増えた。また、ロシア食品専門店もあちこちにできた。ロシアとウクライナからはそれぞれ約30万人ずつ移民してきたと言われている。
2022年、ウクライナでの戦争が勃発すると、まずは避難場所を求めて、ウクライナから多くの人々が来始めた。彼らにとってイスラエルは一時的な避難場所に過ぎないのか、それとも定住の場なのかが不明なこともあり、イスラエル側も混乱しつつ受け入れ体制を徐々に整えた。ウクライナ政府からの要請もあって、国籍を付与しない、一時的避難民の受け入れ枠は「イスラエルに親族が住んでいる人」に拡大したりもした。ロシア側からも不測の事態に備え、帰還権を持つ人々が一種の保険として、イスラエル国籍を取る動きが始まった。
やがてロシアで動員令が出されると、ロシアからイスラエルに避難してくる人たちが激増した。あまりにも希望者が多いため、手続きを始めるには数カ月待つ必要があるらしい。またイスラエル政府は一時的措置として、曾祖父母の1人がユダヤ人であればイスラエルへの避難を認めることにしたという。ウクライナからは徴兵年齢の成人男性が出国できないため、女性、子ども、老人が主に逃れてきた一方で、ロシアからは成人男性も出国しているという報道もある。こう書くと、ウクライナ人とロシア人の間には厳然とした区別があるようだが、実際は両者の間には通婚も多く、一つの家族の中にロシア出身者もウクライナ出身者もいることは、イスラエルでは珍しくない。
このように旧ソビエト連邦の国々出身の人々はイスラエル社会の大きな部分を占めているのだが、この地域から最近新たに帰還してくる人たちの多くは非ユダヤ人なのだという。1990年の新帰還者におけるユダヤ人の割合は93%だったが、2020年を見るとわずか28%に過ぎない。それに対して、2020年の西欧からの新帰還者におけるユダヤ人の割合は98%を保っていた。
今イスラエルが認めているユダヤ教正統派の改宗手続きは煩雑で、一度に多くの人が改宗できるものではない。だが、このままではイスラエルにおける非ユダヤ人の割合が増えていく恐れがあり、「ユダヤ人国家」を維持したい政府としてそれは避けたいだろう。母親がユダヤ人であれば子どもはユダヤ人と認められるため、せめて出産前の若い女性の多くが改宗すれば次世代の問題は解決されるかもしれないが、そのような強制はできない。ただでさえ新規移民の前には、言語や就職という難問が立ちはだかる。今回新たにイスラエルにやってきた、ロシア語やウクライナ語を話す非ユダヤ人の多くの人々を、どのようにして国民の中に統合していくのか、イスラエルは新たな課題に直面している。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。