1年前の本欄(2021年7月21日付)において、ソウル・クィア文化祭について触れた。同文化祭は、コロナ禍にあって昨年と一昨年はオンライン形式などによる開催となっていたが、今年はソウル市庁前のソウル広場にて開催された。7月16日に開催された今年の文化祭には1万3000人(警察発表)が参加し、舞台でのスピーチやソウル市内を歩くパレードなどが実施された。
今年の文化祭において特筆すべきことの一つは、米国やニュージーランドをはじめとする12カ国の駐韓大使らが舞台に上り、性的マイノリティの人権支持や連帯を表明したことである。今年7月10日に赴任したばかりであり、性的マイノリティであることを公にしているフィリップ・ゴールドバーグ駐韓米大使は、檀上での演説の中で、「私たちは人権のために闘い続ける」と述べた。
会場のソウル広場には諸団体によって72個のブースが設置されたが、プロテスタント団体もブースを設置し、参加者を祝福する儀式などを執り行った。
同日、ソウル広場のすぐ向かい側では、保守プロテスタント団体などを中心にクィア文化祭に反対する集会も開催されていた。同集会では、現在韓国の国会に上程されている差別禁止法案に対する批判の声も上げられていたが、保守プロテスタント側からは、ゴールドバーグ大使が性的マイノリティの人権支持を表明したことが差別禁止法案の立法化をめぐる攻防において自分たちに不利に働くのではないかとの懸念も表明されている。
韓国では、これまで数回にわたって差別禁止法の制定が試みられてきたが、法案が国会に上程されるたびに強く反対してきたのが保守プロテスタント勢力であった。主要な反対理由は、法案が禁止する「差別」の中に性的マイノリティに対する差別が含まれているというものであった。
このような保守プロテスタントが大きな力を握る韓国プロテスタント界にあって、今年3月に1冊の聖書注解書が刊行された。英語圏の神学者らがジェンダーやセクシュアリティの視点から聖書を解釈した注解書である「The Queer Bible Commentary(クィア聖書注解書:QBC)」の韓国語版である。2006年に英国の出版社から刊行された原書は単行本であるが、韓国語版は旧約編と新約編の2分冊としてムジゲ神学研究所(「ムジゲ」は虹の意)から出版され、旧約編が昨年5月、新約編が今年3月に刊行された。
QBCの翻訳・出版プロジェクトは2015年に始まったが、刊行以前の2017年には韓国の主要プロテスタント教団の一つである大韓イエス教長老会(合同)が所属教会や信徒に対してその使用を禁止することを決定したほか、翻訳・出版を主導したイム・ボラ牧師(韓国基督教長老会)を「異端」視する決議を行った。このことからも出版までの経緯が平坦なものでなかったことが想像される。
今年6月に開催されたQBC韓国語版の出版記念会において、翻訳・出版を主導した1人であるユ・ヨニ牧師(米国合同メソジスト教会)は韓国教会に次のような言葉を投げかけた。「韓国教会は、何が正しいのかについて固まった価値観を有している。しかし、何が正しいかは新しい時代に変化することもある。新しい知識と発見があるからである。……尊い伝統は保持しつつも、新しい知識と発見を受け入れつつ、どの時代、誰に対してもキリストの愛を発揮することを願う」
信仰は固まってしまった時にイエス・キリストの愛から離れてしまうのである。
李 相勲
い・さんふん 1972年京都生まれの在日コリアン3世。ニューヨーク・ユニオン神学校修士課程および延世大学博士課程修了、博士(神学)。在日大韓基督教会総会事務局幹事などを経て、現在、関西学院大学経済学部教員。専門は宣教学。