90歳になる陳日君枢機卿が逮捕された。2019年の抗議運動の際に逮捕された人の裁判などの費用を援助する、612基金の理事として外国勢力と結託し、国家に危害を加えたことがその容疑だという。しかし、612基金はすでに解散しており、しかも基金は香港で集められた募金である。その後枢機卿は保釈されたものの、警察出身の李家超が行政長官選挙で当選した直後でもあり、新政権で宗教政策がさらに締め付けられるのではとの憶測が飛んだ。すでに法曹界、教育界、労働界など民主派が基盤としていた団体が解散になったり理事が入れ替わったりしており、次は社会福祉と宗教とも言われている。
陳日君枢機卿は上海の出身、新中国成立後、香港に逃れてきた。中国で改革開放政策が始まった1980年代から中国の地下教会の巡回牧会にあたり、中国国内の神学校で教えていたこともある。そのため、中国大陸で1950~60年代に反革命罪などで捕らわれ、20年超えで投獄されていた聖職者にも詳しく、それに比べたらまだまだという感じで「神様のご計画にゆだねましょう」と言っておられた。
平和を実現する道筋として今、本当に和解が求められている。しかし、和解へのプロセスはなんと遠いことかと思う。対話による和解とはいうものの、ことばや文化の違いを乗り越え、対話が成り立った段階でもう半分解決ではないかと思う。
思えば、香港返還は「和解」への千載一遇の機会であった。返還が決まった後、当時の総理趙紫陽が香港大学の学生会(学生自治会)へ返事の書簡を送ったことがあった。原則論ではあったが、彼なりに立場の違いを越えて、世代を越えて、国は耳を傾けますよ、そういう意思表示だったかと思う。
今や、学生会をはじめ、声を上げる側は取り締まられるようになった。今年は、天安門事件の追悼集会だけでなく、事件の犠牲者へのミサもできなかった。新聞などメディアも解散に追い込まれ、自主規制や忖度も多くなり、街の声を聞こうにも難しい状況だ。最近は裁判を傍聴に行った日本の記者が、警察に囲まれて写真を撮られるようになっている。
5月24日に中国のための祈祷会が行われた。この半年、オミクロンの影響でミサ自体開かれず、知り合いに会うこともなかったが、久しぶりに元の立法会議員をはじめ、何人かの知り合いに会うことができた。うれしかった。陳日君枢機卿は、説教の中で、中国大陸の兄弟姉妹と教会として再び「交わり」を確立できること、そして「『地獄に落ちろ』ではなく、共に天国に行けるように願うべきだ」と強調されていた。
去年からのミャンマー、そして今年に入りウクライナと、力こそが正義とばかりに、力が説得力を持ちがちなご時世、もとより力もなく取り締まられる側にされた人々はどのように希望を持ち続けられるのだろうか。学生に身近に接してきた者として、圧倒的な力を前に、無力感にさいなまれながら、それでも若い世代にどんな顔向けができるだろう。「ウィズ・コロナ」ならぬ 「ウィズ・国安」、世代を越えた宿題を胸にこれから先も生きていかねばならない。声を上げ続けるために。
最近、コロナ禍で歌手も来演できなくなり、香港内で広東ポップが盛り返しつつある。友人にも会えず、外出もままならない中、広東語の歌が若い世代に寄り添ってきた感じだ。直接的でないが、さまざまな内省や洞察が込められている。そして、何よりもカッコいい。古い世代の思い出は尽きないが、若い感性から学びつつ、共に希望を見出したいと願うこの頃だ。
こいで・まさお 香港中文大学非常勤講師。奈良県生まれ。慶應義塾大学在学中に、学生YMCA 委員長。以後、歌舞伎町でフランス人神父の始めたバー「エポペ」スタッフ。2001年に香港移住。NGO勤務を経て2006 年から中文大学で教える。