生活困窮者支援に取り組む北九州市のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」理事長で牧師の奥田知志さん(日本バプテスト連盟東八幡キリスト教会)が、絵本『すべては神様が創られた』(木星舎、44頁、1,760円)を緊急発行し、それに合わせた発刊イベントが4月30日、東八幡キリスト教会(北九州市)で開催された。
この絵本は、ロシアがウクライナに侵攻し、出口の見えない殺し合いが続く中、特定の国の応援ではなく、言葉とアートで「NO WAR――戦争を止めろ」の声を広げようと制作したもので、奥田さんが牧師として、一人の人間として平和への思いを綴(つづ)った詩に、北九州市在住の画家でイラストレーターの黒田征太郎さんが絵を提供している。
「すべては神様が創られた」で始まる本文は、口、手、耳、目、鼻、道、空、海が、なんのために創られたのか」と次々に問う。そして、「人は、愛し合うために創られた。助け合うために創られた。ただ、そのために創られた。だから神様は人を極めて弱く創ってくださった」「欲を満たす道具なら、いっそ国など無いほうがいい。しかし、国が人のいのちを守るため、ただそれだけのためにあるのなら、国は神の恵みとなる」「『自国第一主義』、『自分だけが良ければいい』は、神様の思いに反している」とした上で、闇の中にこそ見出す希望のありかを指し示す。
〝暴力に対抗できるのは「言葉」〟
オバアたちの「ケダモノになるな」に押されて
イベントでは絵本の朗読に続き、日本バプテスト連盟南小倉バプテスト教会牧師の谷本仰さんによる司会で、奥田さんと黒田さんによるトークイベントが行われた。奥田さんは、絵本が制作された経緯について解説。
「2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから、武力や暴力に対抗できるのは何かと考えると、僕にとっては『言葉』なんですね。思っていることを文章にしてSNSに投稿していたところ、多くの人が読み、大きな反響もあって本づくりが始まりました。こういう詩の形になったのは、批評家で詩人でもある若松英輔さんによるものです。僕がずらずらと綴(つづ)った文章を、詩の形にしてくれ、原文のままなのにまったく違うものに生まれ変わり驚きました。それを絵本にすれば子どもたちにも読んでもらえると思い、黒田さんにSOSを出しました」
黒田さんは、1939年大阪生まれ。ニューヨーク在住を経て、2009年より福岡県北九州市に在住している。音楽に合わせて素手で絵を描いていくライブ・ペインティングやホスピタルアートをライフワークにしている一方で、平和に関するイラストを描くなど、いのちをテーマにした多彩な活動を続けている。かつて故・野坂昭如さんの『戦争童話集』全話の絵本化、映像化を手がけている。シンプルながら鮮烈なタッチが、絵本の言葉をより印象深いものにしている。
絵本の題名は、沖縄の「オバアたちのことば」に押し出されて生まれた。1995年9月14日、沖縄県に駐留するアメリカ兵3人が、12歳の小学生女児を拉致し集団で暴行する事件が起きた。事件後、女性たちは抗議集会を開き、「米兵よ、お前たちはケダモノになるな」と書かれた横断幕が掲げ、怒りの声を上げていた。当時、その横断幕を見た奥田さんは、そこには「怒り」と共に、「呼びかけ」があるように思えたと話す。
「オバアたちは『お前たちはケダモノだ』と怒りの声を上げつつも、『お前たちはケダモノになるな』と呼びかけているのではないかと思えたのです。『お前たちは、ケダモノではない。人として生まれたのだ。母たちは、お前たちをそんなことをするために産んだのではない。ケダモノになるな。人として生きなさい。もう一度戻っておいで』と。そのオバアたちの嘆きを、神様の嘆きに重ねて、題名を『すべては神様が創られた』にしました。神様は、殺し合うために人間を創ったわけではないから、そっちに行っては行けない、もう一度戻っておいでと」
黒田さんも、神戸市大空襲や、ベトナム戦争の体験を語り、半生を振り返りながら絵を描くことで自らが救われたと回顧。絵や音楽が人を安心させる力を持ち、もらった命を大事に使いきるまでは死ぬことはできないと力を込めた。
最後に、「この絵本が人と人との気持ちがもう一度つながる存在となり、書かれた言葉がひと言でも誰かに引っかかってほしい」との呼び掛けでイベントは閉じられた。
「あとがき」で奥田さんは、戦争と貧困が密接につながっていることに触れ、「『戦場で稼ぐしかない』という現実が戦争継続の背景」にあり、「『貧しさ』が、戦争遂行の第一要素」だと指摘。「誰もが認められ、必要とされる社会があれば、誰が戦場に行くでしょう。ちゃんと食べることができ、目の前の人から『君が必要だ』と言ってもらえる社会があれば、誰が戦場に行くでしょう」「抱樸で行ってきた『貧しさ(ハウスレス)』と『さびしさ(ホームレス)』との闘いは、この意味で平和への道だった」と振り返っている。
帯には、作家の落合恵子さん(子どもの本の専門店「クレヨンハウス」主宰)が「一体、わたしに何ができるのだろう。何が可能なのか。――重すぎる問いに、ずっと囚われている。本書に記された言葉が、本書の存在そのものが、答えのひとつなのかもしれない。そう思い当たって、息をするのが少しだけ楽になった」とのコメントを寄せた。
親交のある脳科学者の茂木健一郎さんも、「人間が善きものであることを信じる奥田知志さんの魂の言葉と、生命のエネルギーをその絵筆からほとばしらせる黒田征太郎さんの絵が響き合って、未来を託せる素晴らしい絵本ができた。この困難な時代だからこそ、へだてない、決めつけない、あきらめない心の強さとしなやかさを持ちたい。この一冊の思いが世界のすみずみまで届きますように!」と推薦する。
絵本の収益は、認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンに寄付され、「戦争被害者支援」に用いられる。本の購入は全国の書店、または抱樸の通販サイト(https://bit.ly/3GVdK9c)からも可能。