ロシア正教会のキリル総主教(75)が、ロシアによるウクライナ侵攻に高らかな祝福を与えたことで、世界中の正教会は分裂の危機に陥り、専門家から見ても前代未聞の反乱が正教会内部で生じている。バチカン市発「ロイター通信」が伝えた。
ロシアのプーチン大統領の盟友であるキリル総主教は、今回の戦争について、同性愛の受容を中心に退廃的であると見なす西側諸国への対抗手段と考えている。キリル総主教とプーチン大統領を結びつけるのは、「ルースキー・ミール(ロシア世界)」というビジョン。「ルースキー・ミール」とは、旧ソ連領の一部だった地域を対象とする領土拡張と精神的な連帯を結びつける構想だという専門家の説明を「ロイター通信」は紹介している。
プーチン大統領の戦争、背後に「ロシア世界」思想 米メディア「ウォールストリート・ジャーナル」が指摘 2022年3月21日
キリル総主教の言動は、ロシア国内に留まらず、モスクワ総主教座に連なる諸外国の正教会においても反発を引き起こしている。オランダ・アムステルダムの聖ニコラス正教会は、この戦争を機に、教区司祭が礼拝の際にキリル総主教を祝福する言葉を入れることをやめた。「キリル総主教は、まぎれもなく正教会の信用を貶(おとし)めた」と語るのは、リバプール・ホープ大学のタラス・ホームッチ上級講師(神学)。ホームッチ氏は、ウクライナのビザンツ式典礼カトリック教会の一員だ。同氏はロイターによる電話インタビューで、「ロシアでも声を上げたいと思っている人はもっと多いが、恐怖を感じている」と語った。
ウクライナには約3000万人の正教徒がいるが、「ウクライナ正教会」(モスクワ総主教庁系、UOC-MP)と、別の二つの正教会に分裂している。後者の一つが、完全独立系「ウクライナ正教会」。UOC-MPのキーウ(キエフ)府主教区大主教であるオヌフリー・ベレゾフスキー氏は、プーチン大統領に対し「同胞が相争う戦争の即時停止」を要請し、もう一人のUOC-MP府主教区大主教であるエボロジー氏(東部スムイ市出身)は、配下の司祭たちに、キリル総主教のための祈りをやめるよう指示した。
今回の戦争を批判する正教会の指導者としては、この他にも、アレクサンドリアおよび全アフリカ正教会の総主教であるテオドール2世、ルーマニア正教会のダニエル総主教、フィンランド正教会のレオ大主教といった面々がいる。
キリル総主教の態度は、ロシア正教会と他のキリスト教会の間にも亀裂を生み出した。世界教会協議会(WCC)のイオアン・サウカ総幹事代行は、キリル総主教に「停戦に向けた当局の仲介と調停」を求める書簡を送った。これに対しキリル総主教は、「あからさまにロシアを敵視する勢力が国境に近づき」、西側諸国はロシアを弱体化させるための「大規模な地政学的戦略」に関与している、と応じた。WCCは両書簡を公開した。
キリル総主教のプーチン氏支持の姿勢は、バチカンとの関係も悪化させた。2016年、教皇フランシスコは、キリスト教が東方教会と西方教会に別れた1054年の「大分裂」以来、ロシア正教会の指導者と面会した最初のローマ教皇となった。双方とも今年2度目の面会を実現したいと希望していたが、専門家の中にはこうなっては事実上不可能と見る向きも出ている。(CJC)