神に従う人は七度倒れても起き上がる。神に逆らう者は災難に遭えばつまずく。
箴言24章16節(参考箇所同書22章17節〜24章22節)
箴言は「神に逆らう者は災難に遭えばつまずく」と言います。神に逆らうとは、不信仰というより、神は信じてはいるが、自分中心の信仰を意味するといってよいでしょう。未成熟な人間が自己中心的であるように、未成熟な信仰もまた自己中心的です。自分中心的な信仰とは、自分にとってよかれかしと神を信じる信仰のことですから、自分に不都合を起こす神であっては困るのです。
しかし、人の現実はたとえ神を信じていても病に罹(かか)ることがあり、とんでもない災難に遭うこともあり得ることです。そのようなとき、神が都合のよいことを約束する存在であるなら、神はなぜ不幸をもたらすのかと嘆くことになります。
成熟した信仰とは、神中心の信仰を意味するものです。神中心の信仰とは、何がわが身に起ろうとすべて神の御心であると受け止めることができる信仰のことです。それは神のなさることは仕方がないというのではありません。何が起ろうと神がよしとされることであると不都合を包み込むことです。病いが癒されるのも神の御心、病いを得るのも神の御心という言葉がありますが、それこそ成熟した信仰です。そういう信仰があれば、何があってもしたたかさに生きることができます。