沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や、悪だくみをする者のことでいら立つな。
詩編37編7節(参考箇所詩編37編1〜40節)
あたりを見回せば、さして努力もしないのに出世を遂げる者がいたり、悪知恵に長けて要領よく立ち回る者が目に付きます。こちらはといえば、一向に報われそうにありません。このままでどうなるのか、焦燥感に襲われるばかりです。誠実に生きる者は結局損をするようにできているのが世間というものだろうかと怒りさえ込み上げてきます。
詩編の作者は、「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や、悪だくみをする者のことでいら立つな」と教えます。周囲を見て、いらいらするより、むしろ「沈黙せよ」と言うのです。「沈黙」とは、まるで周囲の悪知恵の働く策士や要領よく立ち回る人間に敗北したかのようであります。
その「沈黙」を詩編の作者は積極的に選び取れと命令をしているのです。「沈黙」とは、なにもできないかのようです。しかしながら、無力でなければ、できないことがあるのです。それは主なるお方の力により頼むことであります。もしも自分の力を振り絞って、周囲に立ち向かえば、より強力な後ろ盾を失うでありましょう。「沈黙」することによって無力を選び取ることは、後ろ盾の強さを我が物とすることになるのです。