大貫隆著 原始キリスト教の「贖罪信仰」の起源と変容(田中健三)

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評者: 田中健三

原始キリスト教の力動的な伝播を誠実に読み解く
〈評者〉田中健三


原始キリスト教の「贖罪信仰」の起源と変容
大貫 隆著
四六判・296頁・定価2200円・ヨベル
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 本書は「贖罪信仰」をテーマに、Ⅰ章からⅤ章までは原始キリスト教においてそれがいつ発生し、どのような変遷を経たかということを一次文献に依拠しながら考察したものであり、Ⅵ章ではそれまでの章の結論を背景にしつつ、現在の「贖罪信仰」をめぐる議論に参戦している。

原始キリスト教がエルサレムを出発点にしたとしても、すでに早い段階から多様性を持っていたことは、新約聖書が示すところであり、ゲルト・タイセンはキリスト信徒第二世代において大きく四つの系統が見られると述べる(Die Religion der ersten Christen, 2000年)。すなわち「ユダヤ的キリスト教」「共観福音書的キリスト教」「パウロ的キリスト教」「ヨハネ的キリスト教」である。しかもそれらは単に並存していたのみならず、相互に影響し合っていたのだが、その相互作用について時間軸を含めて明確に立証することは必ずしも容易ではなく、タイセンもそこまで踏み込んだ記述はしていない。

その点で本書は、上記の4系統の相互関係を時間軸も含めて、「贖罪信仰」という観点からではあるが、提示している点が出色である。本書のような構想の論証には精緻な分析が求められ、その点で著者は自らの論証が必ずしも十分とは言えないことを良心的に記している。それにも関わらず、一次文献に依拠しかつ先行研究を活用し、説得力のある刺激的な内容となっている。
本書は復活信仰直後からだいたい2世紀末くらいまでの「贖罪信仰」の過程を提示する。「贖罪信仰」は原始エルサレム教会のペトロが指導者の時代に前面に出て来るのだが、次の指導者である主の兄弟ヤコブ時代になると贖罪論は後景に退き、モーセ律法遵守の救済論が前面に現れ、その後それは北トランス・ヨルダン地方からシリアへと伝播していった。一方「教理」化した「贖罪信仰」が西方キリスト教会に変容しつつ受容されていった。
Ⅰ章では、著者の師でもあるフェルディナント・ハーン著Christologische Hoheitstitel. Ihre Geschichte im frühen Christentum(1966年第3版刊行)の論述を活用しながら、原始エルサレム教会において、「イエスの受難の必然性」への問いがなされ、それに続いて「イエスの受難の自分たちにとっての意味」が探求され、彼らは「人の子」イエスの再臨待望を保持することとなるのだが、そこには未だ「贖罪信仰」はなく、その後ペトロが大いに関わり、新約聖書第一コリント書15章3b-5節に明示されている「贖罪信仰」が形成されるという過程が示されている。
Ⅱ章では、主の兄弟ヤコブによる律法遵守(但し動物供犠は除く)の救済論が形成されるが、そこには第一コリント15章のような贖罪論は見られない。このペトロとヤコブに救済論の分岐点がある。そしてヤコブのユダヤ主義キリスト教は北トランス・ヨルダンに受容されていく。キリスト教教父の一次文献を取り上げ、そこに見られるユダヤ主義を明示する箇所は、著者ならではの箇所であると言えよう。著者はその教父たちの救済論とヤコブのそれとの繋がりを見る(著者による仮説1)。
Ⅲ章では、ユダヤ戦争によってエルサレムから脱出したキリスト者たちに関連して、その脱出にはマルコ福音書14章58節のイエスの神殿倒壊予言が、根拠付けとなっているという仮説2を提示する。またここでも北トランス・ヨルダンからシリアにかけて展開した2世紀のユダヤ主義キリスト教を一次文献によって示している。
Ⅳ章では、エルサレム神殿崩壊から1世紀末までのシリアにおける異なる流れとして、マタイ福音書とヨハネ福音書を取り上げる。さらに洗礼と沐浴儀礼を強化していくユダヤ主義キリスト教の証言としてマンダ教その他のグループを示し、2世紀のユダヤ主義キリスト教の中での多様性を示している。
Ⅴ章はそれまでのまとめとなっている。
著者は、パウロを代表とする西方キリスト教の贖罪信仰が不在である東方のキリスト教の証言を提示しており、その際に著者がこれまで従事して公にしてきた教父その他の諸文書についての研究業績が十分に活かされている。東方に伝播したキリスト教がヤコブの後継者と自認していたことは、古代シリアの諸教会などの典礼において、ヤコブと関連付けられた奉献文が残されていることからも明らかであるが、ヤコブと東方教会の歴史的継続性が明確なものであることを本書では示している。著者が述べるように東方キリスト教への視点が西洋や日本では今までなおざりにされており、それは今後さらなる研究発表が期待される分野である。(つづきを大貫隆著 原始キリスト教の「贖罪信仰」の起源と変容(田中健三)の続きを「本のひろば」で見る

田中健三

たなか・けんぞう=上智大学神学部講師

 

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