国際主義者としての歩みの原点
〈評者〉吉田 亮
本書は留学というヒトの国際移動を組み込んだキリスト教教育史である。近代日本海外留学史研究の実績を持つ著者は、本書で「私費留学」生の事例として湯浅八郎を扱っている。湯浅は戦間戦後期日本キリスト教教育史を代表する指導者のひとりで、同志社大学総長及び国際基督教大学学長、新島学園園長、キリスト教学校教育同盟理事長他を歴任しており、米国留学(一九〇八─二一年)及び米国招請(一九三九─四六年)で長期の米国生活を送っている。
本書は湯浅の生涯を時系列に分割して論じる。一章では湯浅の家庭及び就学の両環境を取り上げ、特にクリスチャン家族が人間形成に及ぼした影響を強調する。二─三章は湯浅の留学体験を論じる。先ず、同時期米国の日本人留学生による学生会活動を概観した上で(二章)、湯浅による大学・大学院留学期間中でも、イリノイ大学YMCAでの活動やそれに付随する経験が彼の信仰や国際感覚に及ぼした決定的な影響を、同大学所蔵史料を使って論じる(三章)。四章では帰国後ファシズム下にあって、同志社総長職として苦悩しながらも基督教教育同盟会をはじめとする日本社会全体に発した諸活動に、留学時で培ったキリスト教信仰や国際感覚の影響があると指摘する。五章では同志社総長辞任後の滞米時、会衆派やアメリカン・ボードの進めていたエキュメニカル運動に協力することで、総長時代の体験を総括し、キリスト教国際主義への展望を確信したとする。六章では戦後において日本のキリスト教教育諸機関の牽引者として見せたキリスト教教育観に、戦前戦中期に構築したキリスト教国際主義観が反映されていたと論じる。終章は本書全体の総括であり、中西部の大学への進学、YMCAの国際エキュメニカル運動への関与、米国留学、国際的視野をもつ自由主義教育を湯浅による留学体験のポイントとして挙げる。さらに米国留学からの影響はあったものの、湯浅はアメリカをロールモデルとしなかったことも著者は指摘している。
米国プロテスタント史において、「プロテスタント・インターナショナル」(PI)の活動は一九世紀末を嚆矢とし、戦前期においては主としてYMCA、YWCA、米国キリスト教会協議会(FCCCA)や北米外国伝道会議(FMCNA)、そしてダラス・コミッション他によって展開されたことは研究されている。湯浅の場合、留学中にモット率いるYMCAに関与したこと、戦時下にFMCNAのメンバーやダラスと接点があったことは『あるリベラリストの回想』で明らかにされているが、その体験の実態とその意味は解明されてこなかった。本書の最大の功績は、湯浅による米国「留学」経験の実相をYMCA資料を用いて掘り下げ、帰国後の活動と関係させることによって、日米キリスト教越境史研究の一端を担ったところにある。今後、PIに関する研究と繋ぎながら、YMCA以外の史料も調査した研究に進化することが期待される。
湯浅のように、留学や招請によって受入国のキリスト教史と関係をもつことで、複数国家に分断されたキリスト教史を越境して関係史を構築する役割を担ったエージェントは他にもいる。本書や他書が示す米国の日本人留学生だけでなく、一九世紀末から二〇世紀前半期にかけて、海外には多種の目的をもつ日本人が滞在しており、彼(女)等がどのようなクリスチャン「架け橋」エージェントとなっていったのか、研究が今後さらに展開拡大することを期待したい。
吉田亮
よしだ・りょう=同志社大学教授