【日本YWCA】 被爆証言「私だけが長く生きてしまった」 戸田照枝

1945年8月6日、元安川にかかる相生橋を投下目標に原子爆弾が投下された。一帯は約3000~4000度の熱線と爆風、放射線を受け、ほとんどの人が瞬時に命を奪われた。

広島YWCA会員で、日本基督教団広島教会の教会員であった戸田照枝さんは、1945年8月6日、学徒動員先で被爆した。「生涯思い出したくない、話したくない」と口を閉ざしていたが、後年になって「命ある限り、ヒロシマの声を叫びたい」と積極的に活動し、最晩年にはホスピスから教会に出向いて証言を続けた。2017年、85歳で召天。ここでは、戸田さんが証言を始めたころに、日本YWCA主催プログラム「ひろしまを考える旅2009」で若い参加者に向けて語ったメッセージを共有する。

隠れるように生きてきた人生でした。被爆体験は生涯思い出したくない、話したくないと思っていました。

77年前に7人きょうだいの末っ子として生まれました。その前年に15年戦争が始まったのです。自宅のある宇品には港があり、全国から集められた兵士たちが毎日のように戦地へと送られていく、加害の街でもありました。食べ物も薬も、着るものもない、乏しい時代でした。父と2人の兄は続いて病気で亡くなり、終戦までに2人の兄が戦死し、残った兄も特攻隊に送られ、そんな中で8月6日を迎えました。

私は13歳でした。動員先の集合場所で、級友とおしゃべりしながら全員がそろうのを待っていました。読書や合唱をする人もいました。友人の大谷さんが前に立って私の髪を編んでくれていました。誰かが「B29だ」と叫んだので見上げると、ピカッと辺り一面が光りました。フラッシュを何百、何千も一度にたいたようでした。同時に耳をつんざくような爆発音がして、私は鉄階段と建物の下敷きになって気を失っていたようです。しばらくすると「助けてお母さん」「熱いよ」「耳が取れたよ」と泣き叫ぶ声。私は必死に這い出ました。作業に来ていた男子中学生が50人くらい、火だるまとなって体中がぼうぼうと燃えて逃げ惑っていました。

大谷さんを探すと、大の字になって白目を開いて倒れていました。級友たちは、生き埋めになって呻き声をたてて。どうしよう、どうしよう、気が付いたら辺りは火の海です。燃え盛る火の中をくぐり抜けました。通りがかった兵士に宇品の様子を聞くと「帰るところなんかありゃせん。全部火の海だ。女は裸で逃げよる」と言いました。泣きながら避難者の列に加わりました。中学1年くらいの女学生たちと女の先生がいました。先生はモンペのゴムひもだけが残って身体の前後もわからない状態でした。裸ですから、避難者の列が通るたびに先生は木の陰に引っ込まれたり、また出られたり。そのたびに生徒も一緒に付いてまわり、もう見る方も辛かった。それから私は、皮膚がワカメのように垂れ下がり赤黒く何倍も膨れ上がった人たちの中で、歩いている人の足にすがりつくように「水をください」と最後の声を絞って叫ばれた人の中で、多くの人がばたばた倒れて亡くなられていかれたその上をまたいで、郊外のわが家へと避難したわけです。

毎日あちこちで遺体が焼ける匂いがしました。異様な匂いでした。私も、建物疎開の作業中に死んだ友だちを、壊れたタンスの引き出しに入れて、焼きました。川のほとりはもう、そういう焼き場になっていました。

原爆投下の前日は久しぶりの休みで、友だち5人と川遊びをしたんです。いつB29が襲ってくるかという状態で、命がけで遊びました。もういいわ、楽しい思いを一時、一回でもしようって感じでね。きれいな深い川でした。キャッキャッと笑いながら楽しんで泳いだ、その川が死骸でいっぱい、川面が見えないほどでした。

あの日から64年の月日が流れました。自分だけが逃げて帰ってきたことが今も心に突き刺さって離れません。私は被爆したのに腕が折れただけで、ほとんど無傷でした。逃げる途中で白いブラウスが真っ赤になっていることに気づきました。級友たちの返り血だと思います。履いていた靴もなくなり、火の海の中どうしようもなく、他人の靴を履いて逃げたんです。友だちのおかげで避難ができてね。それはもうすごい負い目っていうのかね。どう表現したらいいのかわかりませんけれども……。私だけが、あまりにも長く生きて、申し訳ないと思いながら生きています。皆さんの前に出るのは気が引けましたが、戦争の面影がだんだんとなくなり、残された者が今語らなければ、あのとき亡くなった人たちの思いをどうにかして伝えなければ、私は死ぬことができないと思っています。あの日のことを繰り返してはなりません。どうぞ、若い皆さんにこれからの平和な時代をしっかり築いていただきたい。守っていただきたい。そのためには争いや競争ではなく、和解の中で、お互いの立場を認め合いながら、本当に平和な世の中をつくっていただきたいと願っています。

(日本YWCA「ひろしまを考える旅2009」記録集より)

日本YWCA主催プログラム「ひろしまを考える旅」

出典:日本YWCA機関紙2019年8月号「ひろしまを考える旅」特集


YWCAは、キリスト教を基盤に、世界中の女性が言語や文化の壁を越えて力を合わせ、女性の社会参画を進め、人権や健康や環境が守られる平和な世界を実現する国際NGOです。

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