どんなに本を読んでも知恵は自力では得られません。【聖書からよもやま話360】

主の御名をあがめます。

皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、ヨブ記の28章です。よろしくどうぞ。

ヨブ記 28章23節

神は知恵の道をご存じであり、
神こそ、それがある場所を知っておられる。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

金や銀は鉱山を掘ればみつかります。食べものは土を耕せばみつかります。しかし、知恵はどこでみつかるでしょう?・・・とヨブは問うています。

現代人なら「知恵は本を読めば身につく」とか思うかもしれません。他にも新聞、テレビ、ラジオ、YouTube、SNS・・・様々なチャネルからありとあらゆる情報が毎日、毎時、毎分、絶えず湧き出てくるような現代社会ですから、それこそが知恵の源泉だと考える方もいるかもしれません。僕自身も、それらから毎日たくさんの情報を得て生きています。そこから知恵を得て生きています。

しかし、ヨブは「それは生ける者の地では見つからない」と言います。「純金をもってしても得られない」とも言います。つまりそれはこの世のどこを探してもみつからないし、どれほどの対価を払っても手に入らないと言っています。
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ヨブが言うには、知恵はあくまで神様のものであって、神様に与えられることなしに人間はそれを得ることができないということです。たしかに本には知恵が記されています。しかしそれを読んでも理解できなかったり、適切な知恵を取り出せなかったりすることもあります。聖書だって同じです。聖書にはまちがいのない知恵が書いてありますが、それを読んで自分の知恵とできるかどうかはわかりません。それはあくまで神様の決める塩梅によるのです。つまり、聖書でも本でも新聞でもテレビでもラジオでもYouTubeでもSNSでも、それらを通して神様が知恵を与えてくださる故に、僕たちは知恵を得られるのであって、神様が与えてくださらないのであれば、僕たちはそこから何の知恵も得られないということです。

反対に言えば、そういったツールを通らなくても、神様が与えるならば僕たちは知恵を得ることができます。思いがけない時にアイディアがおりてきた!なんて経験は誰しもあるかと思います。神様がその気になれば、ぼーっとしている時でも、トイレの中でも、寝ている時でも、もちろん祈る時でも、僕たちに知恵を与えることができるんです。

ソロモン王は神様に「知恵をください」と祈り、それを得ました。聖書にも本にもYouTubeにもたくさんの知恵がありますが、それを得るためにはまず何より「知恵をください」と神様に祈ることが大切なんだと思います。そして神様のもつ知恵は無限ですから、その祈りをするときには、もしかしたらまだ誰も触れたことのないような知恵や、「そんな知恵はありえない!」と思っていたような知恵さえ与えられるかもしれません。ワクワクしてきます。

それではまた。

主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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