聖書が駆使する究極のページ数削減法【聖書からよもやま話241】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は旧約聖書 歴代誌第一の6章です。それではよろしくどうぞ。

◆歴代誌第一 6章32節

ソロモンがエルサレムに主の宮を建てるまでは、この者たちが会見の天幕である幕屋の前で、歌をもって仕え、それぞれ定めにしたがって奉仕を受け持った。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

神様のために歌を歌うというのは、聖書に定められた立派な一つの仕事なんですね。神様に仕える仕事はイスラエル12氏族の1つレビ族の仕事でしたが、この歴代誌にはその祖であるレビからなんと21代、この「歌の奉仕」にあたった人の名前が、この後の33〜38節にかけてびっしりと列記されています。

聖書には「○○は〇〇の子で、その〇〇は〇〇の子で・・・」という形で系譜を示す記述がたくさんあります。新約聖書の一番始まりにはアブラハムからイエス様まで至る42代の系譜が延々と記されていて「さぁ聖書を読むぞ!」と張り切っている人たちの心をくじくことで有名です。僕もついつい聖書を読みつつも、こういった系譜の記述は読み飛ばしたりしてしまいます。
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しかしちょっと考えてみたら、歌う人の系譜が21代も続いたということは、1代20年と計算しても420年もその一族がずっとその仕事を担っていたということになります。今から420年前と言ったら日本なら関ヶ原の合戦のころです。その頃にはまだ歌舞伎はできていません。大相撲だってまだ成立していません。つまりここに記されている神様を讃える歌というのは、その当時ですでに現在の歌舞伎や大相撲をはるかに超える歴史と伝統を持っていたということです。僕たちがつい読み飛ばしてしまう、延々と続く系譜には実はそれだけの歴史が凝縮しているんです。系譜を列挙することによって、何百年もの歴史をわずか数行にまとめて記しているんです、聖書は。まさに究極のページ数削減法です。

歴代誌が記されたのは紀元前450年ごろ(諸説あり)とされていますから、ここからさらに現代の2022年まで、通算2500年の歴史が「神様のために歌う」ということには重ねられています。クリスチャンは当たり前のように教会で歌を歌いますが、こう考えると「自分もその壮大な歴史に連なる一人なのか!」とロマンを感じてしまいます。

聖書を読むときに長々とした系譜が出てきたら「あ、またこれか、読み飛ばそ」と思ってしまうのも無理はないですが、こうしてその系譜の数を数えてみるのは一つ面白い読み方かもしれません。現代に生きる僕たちは「昔のことはみんな昔」みたいに「昔」をひとまとめにしてしまいがちですが、「昔」にも「そのまた昔」があり、さらに「そのまたまた昔」があり・・・という、当たり前のようでなかなか実感しにくい「立体的な昔」を噛み締めるのは特に聖書を読む上では大切なのかと思います。

それではまた明日。

主にありて。
MAROでした。

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