【連載小説】月の都(46)下田ひとみ

 

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真沙子はクリスチャンの家庭に生まれ育った。親戚にもクリスチャンが多く、牧師や牧師の妻になっている者もいる。こういう環境であったので、真沙子が神学校に入学したのは驚くことではなかった。牧師の妻となった真沙子を周囲はあたたかく見守ってくれていた。

友樹を出産する時は母が手伝いに来てくれ、翔の時は、友樹の世話があったので、実家に身を寄せ、1カ月ほど厄介になった。

しかし、今回はそれがあてにできそうもなかった。母は昨年から膝を痛めて病院通いをしており、ほかの親戚も忙しそうである。

それで今回の出産は実家を頼らず、自分たちで何とか乗り切ろうと謙作と話し合っていた。幸い、事情を知った教会員たちが、真沙子の入院中だけでなく、「必要な時にはいつでも子供さんたちを預かります」と申し出てくれた。二人はありがたくこの好意を受け入れることにした。

友樹と翔にもよく言い聞かせた。

「赤ちゃんが生まれたら、お母さんはしばらく病院にお泊りしなくちゃいけないの。お泊りが終わって、退院したら、赤ちゃんと一緒にここに帰ってくるけど、赤ちゃんは一人で何にもできないでしょう。だから、お母さんは赤ちゃんの世話で忙しいの。それで二人とも、そのときだけ教会の人たちのおうちに預けられるんだけど、いい子にしていられるかな」

二人は健気(けなげ)に頷(うなず)いた。

「うん、ぼく、おにいしゃんになるんだもん」

「ぼくもいい子にしてるよ」

 

3人目だから早く生まれるかもしれないと思われていたのだが、予定日を過ぎてもその気配がなく、月が替わってしまった。

第一子である友樹の時、真沙子は妊娠7カ月で前置胎盤(ぜんちたいばん)と診断され、その後、出産するまでの3カ月間を、絶対安静で入院して過ごした。胎児が逆子(さかご)だったので、こういう場合は帝王切開(ていおうせっかい)するのが一般的なのだが、その時の主治医がユニークな考えを持っており、自然分娩(ぶんべん)を強く勧められた。初めてのことだったし、何もわからず、医師を信頼して任せたのだが、結果として無事だったものの、おかげでその病院始まって以来という大難産を経験することとなった。

2日間というもの微弱陣痛を繰り返し、痛みで食事がろくに摂(と)れなかった。3日目になって本格的な陣痛が始まり、ようやく分娩室に入った時、分娩台の真沙子の両隣には、二人の看護師がパンとジュースを持って待機していた。出産に必要な体力をつけさせようと、陣痛の合間に食べさせるためである。

「はい」と、右隣の看護師がちぎって渡してくれたパンのかけらを、真沙子が食べる。

「はい」と、左隣の看護師が渡してくれた紙パックのジュースをストローで飲む。

陣痛が襲ってきた。

「来ましたー!」

「がんばって!」

看護師たちが励ます。

「うーん」

真沙子は歯をくいしばる。

陣痛が去ると、何ごともなかったかのように、ふたたびパンとジュースのお目見え。

この繰り返し。

まさにチームプレイだった。(つづく)

月の都(47)

 






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