【連載小説】月の都(30)下田ひとみ

 

春が過ぎ、中庭の桜も散り尽くした。そのうちに皐月(さつき)や霧島(きりしま)が花開いたが、やがてそれも盛りを過ぎていった。5月が終わり、6月となった。菖蒲(しょうぶ)がまっすぐに丈(たけ)を伸ばし、紫陽花(あじさい)の色が濃くなっていく。雨の季節を迎え、日々は灰色に霞(かす)んでいたが、いつのまにか梅雨も去っていた。

この間というもの、ふみは何かに心が動かされるということがまったくなかった。清々(すがすが)しい陽を受けても、さわやかな風に吹かれても、何も感じない。季節の花を眺めても、真っ青な空を仰いでも、美しいと思えないのである。

「なぜ」という言葉が浮かんでは、頭の中で渦(うず)のように回った。そのことについて考え始めると、目眩(めまい)がしそうになるのである。

陶子の死が自死であることは、前夜式のときの皆の様子で知った。死因を尋ねても、返ってくるのは「事故」という言葉のみ。あとは誰もが口ごもる。

「今回のことは、本当に……残念でなりません」

教会の講壇で名倉牧師が憔悴(しょうすい)しきった顔で言った。真っ赤に充血したその眼には、涙が滲(にじ)んでいた。

陶子が心の病気であったことを、ふみはこの告別説教の中で初めて知った。自死。心の病気。ふみには何もかもが信じられなかった。ふみが知っている陶子は、いつも穏やかで、幸せそうであった。

それならば私は、陶子さんの一面しか知らなかったのだ、とふみは思った。

けれど、たとえそうだったとしても、ふみにとって陶子が魂の清らかさと深い安息を感じさせる人物であったのは間違いのないことであった。しかも、陶子をそうさせているのは、彼女が抱いていた純粋な信仰心があったからである。

だから、ふみにはどうしても納得がいかなかった。「なぜ」と問いかけないではいられなかったのである。(つづく)

月の都(31)

 






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