【連載小説】月の都(14)下田ひとみ

 

明かりを消した部屋は暗く、ツリーの電飾だけが色とりどりに煌(きら)めいていた。

「綺麗(きれい)……

そうつぶやく陶子の横顔を、ふみは飽かず見つめていた。

やっぱりこの人は和服が似合う。

こんなふうに髮を小さな髷(まげ)にして、眼鏡を外して。それだけでぜんぜん違う印象。まるで別人だわ──そう思いながら。

陶子を家に招き入れることができて、ふみは心から満足していた。それはさながら美しい蝶が窓から迷いこんできた時に感じる、あの幼い喜びに似ていた。

蝶がいつか部屋から出ていくことはわかっている。けれど、それまで、別れの時がくるまでは、その姿を心ゆくまで眺(なが)めることができるのである。

「冷めないうちに召し上がってください」

ふみが勧めて初めて、陶子はテーブルのココアに気づいたらしかった。

「電気つけましょうか」

「いいえ。このままで」

「暗いほうが綺麗ですものね」

カップを手に、陶子はオーナメントのひとつひとつを夢中で見つめている。

「ええ、本当に。どれもみんな、とっても素敵ですね。可愛いらしくて。夢があって。トナカイにサンタ。天使の衣裳の美しいこと……

「ありあわせの端布(はぎれ)なんですよ」

陶子が驚いたようにふみを振り返った。

「桐原さんがお作りになったんですか」

「はい」

「これを、みんな?」

「自己流ですけど」

「作り方を教えていただけませんか」

「人様に教えてさしあげるようなものじゃありませんわ」

これまでもツリーを見た人から、同じような申し出を何度も受けた。それで用意をして待っていると、やがて体裁のいい断りを聞くはめとなる。そうした社交辞令に何度も悲しい思いをしたふみは、臆病になっていた。相手が陶子ではなおさらである。

「ご迷惑でなかったら。本当にお願いしたいんです。私、もともと手芸は好きで、こういう小物を作ってみたいとずっと思っていました。自分のものだけではなくて、教会ではこれからの時季、たくさんのクリスマス会もありますし、プレゼントにぴったりです。お忙しいとは思いますが、お時間のあるときに、ぜひ。あの、失礼かと思いますが、教えていただけるなら、謝礼はさせていただきます」

陶子が本気であることはその表情からも窺(うかが)えたが、謝礼の心配までするからには社交辞令ではないだろう。すっかり嬉しくなったふみは、声が弾(はず)んでいるのが自分でもわかった。

「わかりました。お教えしますわ」

「ありがとうございます」

陶子の顔は輝いていた。

「その代わりといっては何ですが、もしご無理でなければ、うちのお琴のお披露目(ひろめ)会で踊っていただくことはできませんか」

「お琴のお披露目会?」

「来年の春。まだ先のことなんですけど……

「桐原さん、お琴の先生でいらっしゃるんですか」

「いいえ。昔、夫の祖母がお琴を教えていたんです。私は見よう見まね。その頃のお弟子さんたちがお琴の先生になられて、年に一度この家でお披露目会が開かれるんです。昔からの恒例行事になっていて、楽しみにしておられる方もいらっしゃるので、祖母が亡くなったあとも続けています。もしそのとき踊っていただけたら、どんなにいいだろうかと……

ふと思いついたのだったが、いったん口にしてみると、それはすばらしいアイディアであるとふみには思われた。

「日取りは決まっているんですか」

「いいえ、まだ。もし踊っていただけるなら、合わせますけど。あの、もしかして……踊っていただけるんですか」

「私でよかったら」

感激のあまり、ふみは少女のように両手を胸に組んだ。

「夢のようです。ありがとうございます」

「私こそ、ありがとうございます。これで安心してオーナメントを教えていただけます」

陶子はにっこりとほほ笑んだ。(つづく)

月の都(15)

 






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