【解説】キリスト教の聖地ってどこ?どんな場所?そもそも聖地って何?

「聖地」と言えば近頃ではアニメや映画の舞台になった場所のことを意味したりしていますが、もともとは宗教用語で、文字通り聖なる場所のことです。キリスト教に限らず、多くの宗教がそれぞれの聖地を持っています。ではキリスト教の聖地ってどこなのでしょう。そしてその地にはどんな由来があるのでしょう。今回はそのあたりについて少々ご案内いたしたく思います。よろしくお付き合いくださいませ。

そもそも「聖地」って何?

聖地が聖なる場所ってのは何となく分かるけど、「聖なる」ってどういうこと?何をもってその場所が「聖なる」とされるの?と、ちょっと掘り下げてみると分からなくもなってきますよね。そんな時に役立つ便利アイテム、辞書の登場です!!(古典的ですが鉄板ですよね)
辞書で「聖地」と引いてみますと、こんな説明が書いてあります。

神・仏・聖人や宗教の発祥などに関係が深く、神聖視されている土地。(デジタル大辞泉)

比叡山延暦寺

聖地とは基本的にはどうやら「宗教の発祥の地」とか「開祖の生まれた場所」とかだということになりそうです。日本の仏教で言えば比叡山は最澄さんが天台宗を開いた場所ですし、高野山は空海さんが真言宗を開いた場所です。神道で言えば伊勢神宮や出雲大社が聖地ですし、ギリシア神話の世界で言えば神託所のあったデルフォイや神殿のあったオリンピアが聖地です。ブッダさんに関しては、生まれた場所ルンビニ、悟りを開いた場所ブッダガヤ、亡くなった場所クシーナガラなど、その生涯の節目になった地が八大聖地とされています。イスラム教の聖地の一つであるメッカは「○○のメッカ」なんて表現で、もはや聖地の代名詞になっています。

キリスト教の聖地はエルサレム

エルサレム市街

さて、ではキリスト教の聖地はどこでしょう。カトリックで言えばローマ教皇のいるヴァチカンが聖地ですし、東方教会ではコンスタンティノープルが聖地です。しかしカトリックもプロテスタントも東方教会も口をそろえて認める一番の聖地は何と言ってもエルサレムでしょう。この地はイエス様が最後の一週間を過ごした場所で、十字架刑に処せられたのも、その後で復活したのもここですから、そりゃ聖地ともされます。キリスト教がキリスト教たる由縁となった出来事の多くがこの場所で起こったんですから。

ヴィア・ドロローサ 第10留

エルサレムの中でも特にイエス様が十字架を背負って歩いた道「ヴィア・ドロローサ」は600mほどの長さですが、ここを歩いてイエス様の苦難を追体験しようとするクリスチャンも多いです。その道のゴールはイエス様が十字架につけられたゴルゴタの丘・・・と、本来ならなるはずなのですが、実はゴルゴタの丘がどこにあったのか、そもそも「丘」だったのか等、ちゃんとは分かっていないようです。しかし一応、現在の聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)がその場所であったであろうというのが有力な説です。その聖墳墓教会はその名の通り、イエス様が葬られ、そこから復活したお墓を記念して建てられた教会で、ここももちろん聖地です。

ちなみにイエス様が生まれたベツレヘムも聖地とされますが、この場所はエルサレムから10km足らずの場所にありますから「エルサレムの郊外」とも言え、ここも含めて「エルサレムが聖地!」と言ってしまっても良いように思います。

ユダヤ教とイスラム教の聖地もエルサレム

岩のドーム

そして幸か不幸か、このエルサレムはユダヤ教でもイスラム教でも聖地とされます。キリスト教・ユダヤ教・イスラム教は「アブラハムの宗教」と呼ばれ、旧約聖書に登場するアブラハムを「信仰の父」とする共通点があり、つまり根を同じくする言わば「兄弟宗教」ですから、これも無理のないことなんです。しかしもちろんここを聖地とする理由はそれぞれ、キリスト教とは異なっています。ユダヤ教では神様に与えられた「約束の地」の中心として神殿が建てられ、ユダヤ王国の首都となった場所として聖地とされています。その神殿は生歴70年頃にローマ帝国によって壊されてしまいましたが、今でもその城壁の一部が残っており、その壁が「嘆きの壁」としてユダヤ教の祈りの対象となっています。イスラム教ではムハンマドが不思議な旅を経験した場所として聖地とされています。「岩のドーム」や「アル=アクサー・モスク」があります。

嘆きの壁

これら3つの宗教の聖地はエルサレムの中でもかなり狭い地域に密集しています。ですから土地を分割することもなかなか難しく、昔からこの場所を巡っての争いが絶えないんです。あの十字軍も簡単に言ってしまえばこのエルサレムの取り合いの戦争ですし、現在でもパレスチナ問題というのはこのエルサレムの取り合いなのだと言えます。

現在のエルサレム

現在のエルサレムは国的にはイスラエルに属しています。そしてイスラエルはエルサレムを首都であると「自称」しています。首都を自称っておかしな話なのですが、伝統的にこの地はどこの国が領有したとしてもそこを首都とはしない、という暗黙の了解のようなものがあったんです。それはもちろん無用な宗教間の争いを防ぐためです。そこでイスラエルが「エルサレムが首都だよ」と言っても、他の国は「うーん、それを大っぴらに認めちゃうとやっかいなんだよな・・・」と、なかなか公にはそれを認めにくく、とはいえ否定してもそれはそれで問題になるし・・・と、そんなわけで「首都自称」という不思議な状況になっているんです。そんな中でアメリカのトランプ大統領が「エルサレムをイスラエルの首都として認めるぞ!」と言い出したのは記憶に新しいところですが、実はその発言のわずか2週間後には「いやいや、その発言はやべーよ!」と、国連でその発言の撤回を求める決議が賛成多数で承認されています。そのくらい、この問題はセンシティブだということです。

エルサレムに行ってみよう!

日本からエルサレム最寄りのテルアビブ空港まで、以前は直行便がなくイスタンブールやモスクワでの乗り換えが必要で16時間ほどかかっていたのですが、近頃は直行便が就航して12時間ほどで行けるようになったようです。ただもちろん現在はイスラエルでも新型コロナウイルスが猛威を奮っており、一部の国を除いて出入国には厳しい制限があるようです。残念ながら日本はその「一部の国」に該当していないので、現状では観光目的で入国するのは難しいと言わざるを得ません。「聖地巡礼」はコロナが過ぎ去ってから、ということになりそうです。

気候は1月が最も寒く8月が一番暑いですから、巡礼はこの時期は避けた方がいいかもしれませんね。特に8月の最高気温の記録は44.4度だそうですから。旅の楽しみと言えば料理ですが、イスラエルにはユダヤ教徒とイスラム教徒の方が多いため、食の制約は多めです。そんな中で有名なのはファラエルという料理で、ひよこ豆で作ったコロッケのようなもので、日本人の味覚にも馴染みやすい味だとか。

行けばキリスト教の理解が深まる・・・はず!

よくクリスチャンの間で言われる格言のようなものとして、「聖書はその場にいるかのように読め」というのがあります。物語として読むのではなく、自分が登場人物の一人であるかのような臨場感を持って読め、という意味ですが、そんな臨場感を持つためにはやっぱり現場に行ってみる以上のことはありません。イスラム教の方が「一生に一回は聖地巡礼を」と強く願うのに比べてキリスト教ではそれほど強くは聖地巡礼を強調はしないのですが、とは言えキリスト教を深く理解する、体感するには行ってみるに越したことはありませんし、行った人はみんな口をそろえて「一度は行くべきだ!すばらしい!」と言います。僕は出不精なもので実際にエルサレムに行ったことはないですから、ここで皆さんに「ぜひ行くべきです!」と断言できる立場ではないのですが、でもきっと行けば得るものはたくさんある「はず」です!・・・と、こんな記事を書いていたら僕もだんだん行きたくなってきましたエルサレム!食べたくなってきましたひよこ豆コロッケ!

というわけで皆様、神様の導きがありましたらエルサレムでお会いしましょう。そして一緒にひよこ豆コロッケを食べましょう。
それではまたいずれ。MAROでした。

横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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