直江兼続の「愛」ってどんな愛? 〜愛の兜をめぐるあれこれ〜

おはようございます。
今日もクリスチャンプレスをご覧いただきありがとうございます。

◆1620年1月23日(元和5年12月19日) 直江兼続逝去

直江兼続は戦国時代後期から江戸時代にかけて活躍した武将で、米沢藩の上杉景勝に仕えました。2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の主人公としても有名です。当時の武将としては珍しく、側室を持たず、生涯正室のお船の方だけをパートナーとして愛し続けたと言われています。そんなエピソードに加え、兼続の兜には「愛」の文字が大きくしつらえられていましたから、彼は「愛の武将」とも呼ばれます。

Unknown authorUnknown author, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

しかし、彼が兜に「愛」の文字をしつらえたのは、いわゆる「愛」を志したからではなく、愛宕神社に戦勝祈願に行ったことを由縁とするのが有力な説です。「愛宕神社」の頭文字としての「愛」だったんですね。別の説では武神である愛染明王の頭文字だとも言われています。いずれにせよ、現代の我々がイメージする「愛」とは意味合いが違いそうです。

そもそも、日本語の「愛」という言葉が今のような「LOVE」の意味を持ったのは明治以降のことだと言われています。聖書を翻訳する上で、それまで日本語にはあまりなかった「LOVE」の概念に「愛」の字をあてたことが始まりです。もちろんそれまでの日本人に愛がなかったということではありません、「恋」や「慈悲」など、それにあたるような美徳は日本にも多々あったのですが、どれも「どうも聖書のこの概念とは違う・・・」ということで、新しく「愛」をあてたんです。

それまでは「愛」というと「愛欲」とか「愛別離苦」とか、あまり良い意味で使われる文字ではなかったんです。中には今の「愛」に近い用法もあったのですが、どちらかと言えば「執着」のような意味で使われることが多かったようです。そのように考えても、兼続が用いた「愛」の字は今の「愛」とは異なると言えます。

今日は国語辞典で「愛」の項目を熟読してしまいました。これを機にあらためて愛について考えてみるのも面白いですね。

それではまた明日。

横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

この記事もおすすめ