【インタビュー】卒業後も「教会を愛する」クリスチャンを育てる KGK総主事と副総主事に聞く(1)

 

2017年に創設から70周年を迎えたKGK(キリスト者学生会)。主体的な学生伝道を支える福音派の超教派団体、KGKの働きについて、総主事の大嶋重徳(おおしま・しげのり)さん、副総主事の矢島志朗(やじま・しろう)さんと吉澤慎也(よしざわ・しんや)さんに全国事務所(東京都千代田区)で話を聞いた。

左から総主事の大嶋重徳さん、副総主事の矢島志朗さんと吉澤慎也さん

──KGKに関わったきっかけを教えてください。

大嶋:私は京都の福知山というところで育ち、母親がクリスチャンだったので、子どもの頃から福知山福音自由教会に通っていました。7、80人の教会で、同年代の仲間たちがたくさんいて、彼らと共に育ち、信仰も支えられてきました。教師になりたくて京都教育大学に進学し、京都市内で一人暮らしを始めたのですが、その時に初めて、自分で教会を決めて礼拝に行くことになったわけです。その時に開拓中の小さな教会に行くようになり、そこでKGKを紹介されました。通っていた大学にはKGKの聖書研究会(聖研)はなかったので、KGKの京都滋賀ブロックに参加したのですが、「地味で暗い」というのが初めの印象で、「もう行くのはやめようか」というのが最初の感想でした。私はよくKGKについて学生たちにこう紹介するのですね。「KGKは一口めは食べたらほろ苦い。三口までは食べてね。3回食べないと良さは分からないよ」。これは自分の経験から実感したことです。

──良さが分かったのはいつ頃ですか。

大嶋:そのあと、700人規模の東アジア地区の大会が台湾であって、それが10万円で行けるということで飛びつきました。そこで語られたメッセージが、「あなたが遣わされているのはその大学であり、神様がたまたまそこに送ったのではなく、神様の計画の中で行っているのだ」というものでした。さらに、「知っていることは、アクションにすべきだ」ということも述べられたのです。私はそれを、「神様はあなたを京都教育大に遣わしたんだよ。そのことを知っているんなら行動にしよう」というチャレンジとして受け止めました。

──それからKGKの活動が始まったのですね。

大嶋:「神様、自分にはクリスチャンの友だちがいません」と祈って帰国すると、同じ大学にクリスチャンの先輩がいるという情報が入り、さらにクリスチャンの教授がいることも知りました。その教授が自分の研究室を祈り会に開放してくださることになって、「隠れキリシタン出てこい」というチラシを学内に貼ったら、さらに5人くらいと出会えて(笑)。そして京都教育大聖書研究会が誕生し、大学にサークル登録をしました。そんな中で自分の寮の後輩が、自分の部屋でイエス様を信じるという経験をして、伝道して人が救われる喜びというのをまさにKGKで経験させてもらいました。大学4年まで学校の先生になるつもりだったのですが、「KGKの主事になることを祈ってみないか」と言われ、それで卒業後、神学校に行くことなくKGKの主事に飛び込みました。

副総主事の矢島志朗さん

──矢島さんはいかがですか。

矢島:ノンクリスチャンの家庭に育ったので、高校まではキリスト教とはまったく縁のない生活でした。そんな中で、ティーン・エイジャーの悩みがあって、「何か宗教を勉強できたらいいな」くらいの感覚で慶應義塾大学に入ったのですが、知識がなかったため、最初から異端に巻き込まれてしまいました。その後、親と一緒に日本イエス・キリスト教団・荻窪栄光教会で話を聞き、脱会したという経緯があります。

──どこでKGKと出会ったのでしょうか。

矢島:脱退後に求道が始まり、その教会に同じ大学の聖書研究会の先輩がいて、誘われて行くようになりました。そういう意味では、私は学内伝道の実なんですね。友だちの助けがあって、牧師先生のもとで聖書の学びをやり、信仰告白して、大学2年の時に洗礼を受けました。それから教会やKGKの活動にも熱心に取り組むようになりました。振り返れば、信仰の赤ちゃんの時からKGKに養われたといえます。

──卒業後すぐに主事になられたのでしょうか。

矢島:大学4年の時に献身の思いが与えられましたが、まずは違う組織で働く思いが与えられて、卒業後は行政の仕事に就き、7年経ってからカナダの神学校で1年間勉強をしました。その後、ワールド・ビジョン・ジャパンに4年ほど務め、その一方でKGKの卒業生会の活動や、KGKと教会をつなぐ関東地区の協力会でも委員をさせていただく中で主事に導かれました。卒業してから12年経っていました。本当に不思議な導きだったと思っています。最初の6年は中四国地区の主事として岡山に住み、広い地区を巡って学生たちと聖書を学び、6年前に全国の担当となりました。

副総主事の吉澤慎也さん

──吉澤さんはどのようにKGKに導かれたのでしょうか。

吉澤:両親がクリスチャンだったので、子どもの頃から教会(単立・シオンの群教会)に行き、中学2年の時に洗礼を受けています。横浜国立大学に入学した頃も教会には行っていたのですが、「なんちゃってクリスチャン」だったので、KGKや学内の聖研にはあまり積極的ではありませんでした。

──参加したきっかけは何ですか。

吉澤:クリスチャンの友人がすごく誘うので、断ることができなくて行ったというタイプです。でも行ってみたら、たとえば自分が疑問に思っていて教会では言えなかったことを自由にディスカッションしたり、聖書から教えられたりする空間が予想以上に面白く、学内の聖研が楽しみになっていきました。そのうち、自分でもこれまで気づいていなかった信仰の課題が、御言葉を一緒に読んでいると分かるようになり、もっと神様の愛について知る必要があると考えるようになってきたのです。

──大きな変化を体験されたのですね。

吉澤:私の学生時代の前半は暗い時代で、「なんで自分はクリスチャンなんだろう」、「クリスチャンをやめたい」、「教会に行くのは親に洗脳されているからだ」というふうに考えていました。それが改めて問い直され、自分の信仰の確信が与えられたのが学生時代でした。大学3年くらいの時に明確になった記憶があります。その背景にはKGKの学びや交わりがあり、それが欠かせなかったと思っています。

そういう経験を経て、いろいろな導きの中でKGKの主事になるという道に導かれ、卒業後すぐに日本ホーリネス教団の東京聖書学院基礎科で学び、1998年から主事として関東地区で働いています。「自分が受けた恵みを次の世代の学生たちに還元していきたい」という思いからKGKの主事になり、その後、一度現場を退き、東京基督神学校(現・東京基督教大学)で集中して学んだ時期もありますが、主事歴はトータルで18年目になります。(2に続く)

この記事もおすすめ