【インタビュー・LGBT】多様な一人一人は神の豊かな創造のみ業 『LGBTとキリスト教』の執筆者・内田和利さんに聞く(後編)

前編から続く

───『LGBTとキリスト教 20人のストーリー 』に登場する人たちは、教会に傷つけられ、教会から離れてしまっている人もいます。外から教会を見たとき、どんなことを思われますか。

内田:「自分が見えている世界だけではない」ということをどれだけ忘れないかが大事だと思います。聖書に「自分がしてほしいことを相手にしなさい」というのがありますが、それって気をつけなければならないと思っています。自分がして欲しいことと、相手がして欲しいことが一緒であればいいのですが、全てが一致することはほとんどないわけですから、相手が本当に何を望んでいるのかを考えることが一番大切なのではないかと思います。

───自分基準の思いやりは、悪意がないだけ厄介ですね。

内田:人間は弱いので、神さま基準で見ていると言いながら、自分基準になってしまうところもあるのではないでしょうか。自分というフィルターを通してしまう。常に意識していかないといけないと思います。

市川:内田さんもそうですし、他の人も、教会から離れても神さまから離れているわけではないというところがすごいなと思います。内田さんに関して言えば、教会から離れたから神さまから離れずにすんだと。その後も聖書や聖書に関する本をたくさん読まれていて、熱心なクリスチャンだと思います。

内田:教会に通っていた時、教会というのは神さまの体であって、教会に通ってないと神さまと繋がっていないと言われていたので、教会に通わなくなってからは「自分はクリスチャンではないのかもしれない」という気持ちがありました。ですので、今回この本の話をいただいた時も、教会に何年も通っていない自分が、この本の中に登場していいのだろうかと不安でした。でも、事前に監修者の平良さんや編集者の市川さんと話していく中で、自分は神さまと繋がっていると感じ気持ちが楽になりました。

───神さまはその人に最もふさわしいかたちで繋がってくださると感じます。

内田:教会を離れたときに気づいたことがあって、それは、神さまは全て見て分かっている、牧師に隠せても神さまには隠せないということなのですが。教会に通っていたときは、教会にいるときの姿しか神さまは見ていないという思い込みが結構あったように思います。教会の人には知られないようにしていても、神さまは、普段の生活でのことも全部見ておられる。それでも生かされてきたことは大きな意味があると思っています。

市川:内田さんは教会から離れて、ゲイであることをオープンにし、そこから気持ちいいくらい視野が広がっていったわけではないですか。カミングアウトしたうえで、神さまに守られているという安心感のもとに活動しています。そういう内田さんだからこそ、当事者の人たちは安心して相談できるのだと思います。

内田さんは、多くの人にLGBTへの関心を持ってもらうためにも制度を変えていくことは大事だと話す。

───昨年には『LGBTと労務』(労働新聞社、2021年)という本も出版されていますが、以前に比べてLGBTへの関心は広がってきたと感じますか?

内田:これまでLGBTの法律関係のものは弁護士会で出していますが、具体的な企業の取り組みを盛り込んだ本はなかったので、その意味で、この本は結構斬新な本になっています。この本を出したことで、私立学校の教職員向けの経営者セミナーでの講師を依頼されるなど、自分の知らないところでLGBTへの関心が広がってきたなという感じはあります。

────今後目指していることなどがあれば教えてください。

内田:子どもたちにとって生きやすい社会にしていけたらいいなと思います。子どもたちが生きやすい社会は、誰にとっても生きやすい社会です。そんな社会を子どもたちに引き渡すことができればいいですよね。そのためには、どんな制度もみんなで一緒に作っていこうという姿勢が大事です。多様な一人一人が、かけがえのない存在として大切にされていると実感できる制度をみんなで作っていけたらと思っています。

 

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